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アップルがネットで大炎上、巨大プレス機の「Crush動画」は何が問題だったのか

2024.5.14
iPad Proのプロモーション動画、「Crush!」より
読了まで約 5

筆者:本田雅一
編集者:山田俊浩

先進的なマーケティングや広告のお手本として、何十年も前から常に称賛と尊敬の対象とされてきたアップル。ところが、日本時間2024年5月7日深夜に行われた重要な発表会で披露したコンセプト動画で炎上騒ぎを引き起こしてしまった。

問題の動画は「Crush! | iPad Pro | Apple」。動画は5月13日までに250万回再生され、3万のサムアップ(いいね)を獲得している。

動画の内容はクリエーターが使ってきた多彩な道具、楽器や画材、カメラなどに加え、ゲーム機などiPadの中で実現できている機能を持つ製品が、巨大なプレス機に挟まれて砕かれ、それらが凝縮されたものとして5.1ミリのiPad Pro 13インチモデルが誕生するシーンを描いている。

この動画に対する反応は多様なもので、決してマイナスの評価だけではない。何も感じなかったとする人の声も多い。しかし、音楽を愛し、楽器への思い入れが強い人たちの多くは、この動画をかなり悲しい気持ちで見ていたようだ。

以前ならば、そうしたマイナスの感情を強く引き起こすある一定のクラスターがあったとしても、それが大きく広がる事はなかったかもしれない。しかしSNSの時代、そうした傲慢な表現は通用しないということなのだろう。瞬く間に悪評は広がり、アップルは発表の2日後に謝罪へと追い込まれた。

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TikTokで「潰す」は人気のジャンル

実はプレス機で様々なものを潰していくことによって起きる現象を動画にするトレンドは、TikTok人気コンテンツとなっている。「#hydraulicpress」というハッシュタグで検索すると様々な動画を発見することができるはずだ。

しかし、SNSの発信者が面白おかしく、短い動画を作るために、こうしたプレス機で何でもつぶしてしまうアイデアを実行するのと、アップルがそれまで寄り添ってきたはずのクリエーターが愛用している道具を壊してしまうのでは全く意味が異なる。

アップルの動画に対しては「悲しい」と言う意見が主に日本人に多く見られた。が、「心地よくない」といった意味合いのネガティブなコメントは、日本以外の国からも発信されていた。

日本ではネガティブな捉え方をした意見にさらに重ねるような形でコメントが続いていった。アップルの表現に対して不快感を訴える発言がSNSで相次ぎ、まさに炎上というに相応しい現象が起きている。

日本、海外を問わず映像表現の1つの手法だとして捉える意見も少なくなかったが、心地よくないという声にはその多くがかき消される。例えば 謝罪のコメントに対し、ある米国のジャーナリストは次のようにコメントしていた。

「iPad が(壊されたものの)すべてを備え、最も薄いというコンセプトを凝縮していた。もしアップルがAIでクリエーターの仕事を奪うことを目的としているなら、破壊される製品は違うものになった。世界中のクリエイターは深呼吸し、新しいタイプの絵筆や楽器が生まれたことを表現したものであり、仕事を奪うものではないことを理解する必要がある」

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ロンドンのイベントではネガティブな意見はなかった

背景情報が少ない中で、肯定的に捉えることが難しかった事情もある。

筆者(本田雅一)は ロンドンで開催されたアップルのイベントに直接参加していたが、現地でネガティブな意見を発しているところは見かけることがなかった。

イベントではクリエーターを支援する様々な新しい機能が紹介された。それらは必ずしもコンピュータですべてを解決するというようなものではない。コンピュータの新しい技術、例えばAIを用いることによって、クリエーターがより新しい創造物を生み出すために集中できる環境を整えようという意図が十分に考え感じられた。だからこそ、イベントに参加してその場でこの動画を見た筆者は、アップルがクリエーターを軽視しているような印象を持たなかったのだと思う。

iPad Proのプロモーション動画、「Crush!」より

例えば、新しいアップル Pencil Proは 筆遣い1つで多様なタッチを生み出し、自分なりの新しい表現を生み出しているクリエイターに新たな表現の手段を提供する画期的なデバイスに仕上がっている。

またAIを駆使した動画や音楽を制作するためのプロフェッショナルツールも、新しいiPad Proによってこれまでにない制作手段を提供できるようになっていた。デジタルに表現の効率性を求めるだけではなく、アナログ的な表現に対するリスペクトが、そこには充分感じられるものだったのだ。

それゆえに、筆者があのビデオを見たときに感じたのは、アナログ的な表現を行うために使われてきたクリエーターの道具たちに接する、活用する機会が減少している現代社会において、自由に表現できる新しい道具を5.1ミリの薄いタブレットで実現していることを表現しているのだと理解した。

しかし、動画だけをみると、確かにそのインパクトは強烈だ。あの動画だけを見たアップルファンが、単に高性能になっただけのタブレット端末が、これまで多くの作品を生み出すことを手伝ってきた。アナログの道具を押しつぶし、破壊したようにしか見えないと捉えられても仕方がないだろう。

高騰する製品価格へのフラストレーションも

もう一つ考慮すべき要素がある。 異論を唱える意見は世界中で存在したが、日本で強くハレーションが生まれた理由には、最近の円安によるアップル製品の価格高騰については無視できない。

新しいiPad Proは素晴らしい機能やスペックを持ち、加えて同時に発表されたアプリケーションも、かつてない大きな価値、使いやすさを備えているように現地の発表会では感じられた。それはドルベースの価格で言えば、同等の価格帯でより多くの表現を可能にする明らかな進化であり、前の世代から買い換えるだけの大きなモチベーションを与えるものだ。

しかし、新しいiPadが市場に与えるインパクトや、クリエーターがそれを使ってより効率的に自在に表現できると言う。素晴らしい機能は変わりないものの、日本では1ドル150円を超える、近年稀に見る円安での価格設定になってしまっている。

何しろ13インチiPad Proは必要なオプションを揃えると50万円に迫る価格に達する高価な製品になってしまった。これでは次世代のクリエーターとなる若い学生が触れる機会はほとんどなくなるだろう。

今回の新製品発表では、リーズナブルにiPad Proのエッセンスを楽しめるiPad Airのラインナップが拡充されたが、それでもなおiPadを用いた創作へのハードルが高すぎると感じるのは筆者だけではないだろう。

アップルは メインストリームクラスの製品であるiPad Airに関して、1ドル150円を切るリーズナブルな価格設定をしている。それはAppleなりの日本市場への気遣いなのであろうが、それでもなおアップルに対してネガティブな印象を持つ層は増えているかもしれない。

アップルは、なぜ謝罪をしたのか

古くから音楽や映像のクリエイターたちと共に歩んできたアップルの歴史を考えれば、今回の事は驚きの事態だったとも言えるが、 異例の事態は続くものだ。それが冒頭でも述べたようにアップルが2日後になって謝罪を発表したことにある。

アップルの広告担当副社長Tor Myhren氏は、米広告媒体のAdAgeを通じて次のようにコメントした。

「創造性は アップル の DNA に刻み込まれており、世界中のクリエーターに力を与える製品をデザインすることは私たちにとって非常に重要です。私たちの目標は、ユーザーが iPad を通じて自分を表現し、アイデアを実現するさまざまな方法を常に称賛することです。このビデオでは目標を達成できませんでした。申し訳ありません」

アップルはさらに今後、テレビCMなどにあの映像を使う事はないと宣言している。その一方で、YouTubeから映像は削除していない。あの映像をどう処理していくかについて、社内のマーケティング担当者の足並みが揃っていないようにみえる。

筆者は謝罪を出すべきではなかったと考えている。なぜなら、あの表現は単にマーケティングを担当する広告クリエーターが勝手に作ったものではない。アップルの広告担当者が承認しただけではなく、最終的にはアップルの幹部全員が肯定的にあの動画を見たからはずである。

だからこそ、 大切な製品の導入に使われたと思う。であれば、あの動画に込めた意味を丁寧に説明して、理解を求めるようなコミュニケーションをするべきではないだろうか。

アップルは大切な道具、楽器たちが壊されることに、否定的な感情を呼び起こした人たちに対して、寄り添いながらも、自分たちがなぜこの表現にたどり着いたのかを発信していくべきだったと思う。

この広告に到達するまでに、膨大なプロセスを経ているはずである。意思決定プロセスでの議論を無視した上で、たった2日で広告を撤回するという事態は、アップルに対する信頼感をさらに傷つけるものになった。

もちろん謝罪で終わらせるつもりはないのかもしれない。今後、アップル幹部が、どのような経緯であの広告を制作したのか、説明する場を設ける可能性もあるだろう。

しかし、はっきり言えるのは、マーケティングに長けたアップルでも、こうしたミスを犯すということだ。アップルは極めて好調な業績を長年続けてきたが、それ以前の苦境に満ちた時代に確立した、”先進的なクリエーターのために存在している会社”、というイメージを常に最優先してきた。

クリエーターたちに寄り添い、自らは尊大で傲慢な存在ではなく、クリエーターをサポートする役割であると、細心の注意を払ってきた。そのブランドイメージには大きな傷がついた。いったん火消しされたように見えるが、後々この問題はアップルのブランドに対して、大きな影響を与えた事件として、語り継がれることになるだろう。

編集者

山田 俊浩(やまだ としひろ)

東洋経済新報社 編集局次長

2020年10月から現職。2014年5月から2018年11月まで東洋経済オンライン編集長。就任時には月間3000万PVだった東洋経済オンラインを月間2億PVを超える大手新聞社に匹敵する大型ニュースサイトへと引き上げた。2019年1月から2020年9月までは週刊東洋経済編集長。著書に『稀代の勝負師 孫正義の将来』(東洋経済新報社)がある。また不定期でAbemaTV の『ABEMA Prime』(アベプラ)にコメンテーターとして出演中。趣味はオーボエ演奏で都民交響楽団に所属。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

執筆者

本田 雅一(ほんだ まさかず)

ITジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

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