この記事では、近年注目される「人的資本経営」をBtoBブランディングや広報活動に活かす具体的な手法について解説します。非財務情報である人材への投資や職場環境のデータが、なぜ取引先の信頼を獲得し売上や採用の成果に繋がるのか、その理由と実践的なステップを紐解きます。この記事を読むことで、他社と差別化できる情報開示のストーリー設計や、部門を超えた連携体制の構築方法が体系的に理解できるようになります。
本記事は、HRテック企業のマーケターの皆さまに向けて、自社の非財務情報(人的資本データ)を「機能の優位性」の先にある「企業の信頼性・思想」へと昇華させる手法を解説します。現場のリード獲得に留まらず、予算の決裁権を持つ経営層やCHROの共感をダイレクトに勝ち取り、商談化率・受注率を劇的に向上させるためのBtoBブランディング戦略として、ぜひご活用ください。
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目次
BtoBビジネスにおける人的資本経営と広報の重要性
近年、多くのBtoB企業が直面しているのが、「現場の担当者レベルでのリード(見込み顧客)は獲得できているものの、いざ全社導入や大口契約の意思決定の段階になると、商談が失注してしまう」という課題です。
こうした状況を打破し、顧客企業の経営層や決裁権限者に選ばれ続けるための強力な武器となるのが、「人的資本経営」と「広報(PR)」の掛け合わせです。企業の持続可能性や組織の健全性を対外的にアピールする広報活動は、単なるイメージアップにとどまらず、BtoB取引における信頼性を担保する最重要のブランディング戦略へと進化しています。
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取引先や投資家が重視する非財務情報の価値
BtoB市場における意思決定プロセスは、BtoC市場に比べて合理的かつ多角的な視点で行われます。近年、その判断基準として急速に存在感を増しているのが、財務諸表には表れない「非財務情報」です。なかでも、企業を構成する「人」の価値を最大化する取り組みである人的資本への注目は世界的に高まっています。
取引先を選定する際、経営層や調達部門は単に「ツールの機能が優れているか」だけを見ているわけではありません。「この企業は持続可能な組織体制を築いているか」「不祥事や突然のサービス停止を招くような組織の歪み(高い離職率やエンゲージメントの低下など)を抱えていないか」というリスク管理の観点から、取引先企業の人的資本情報を厳しくチェックしています。
人的資本に関する具体的なデータ(エンゲージメントスコア、研修投資額、女性管理職比率、離職率など)を広報活動を通じてオープンに開示することは、取引先や投資家に対して「中長期的に安定してサービスを提供し続けられる信頼に足るパートナーである」ことを証明する強力なエビデンスとなるのです。
なぜ働きやすい会社はBtoBで売れるのか
「働きやすい会社(=従業員エンゲージメントが高く、人的資本投資が十分に行われている会社)」が、なぜBtoBビジネスにおいて売上や受注率の向上に直結するのでしょうか。その理由は、BtoBビジネスの特性である「LTV(顧客生涯価値)の最大化」と「継続的なカスタマーサクセス」にあります。
ITツールやSaaS、オフィス環境サービスといった商材は、導入して終わりではなく、導入後の手厚いサポートや継続的な機能アップデートが欠かせません。もし、提供元企業の離職率が高く、担当者が頻繁に変わるような組織であれば、顧客は安心してサービスを使い続けることができません。一方で、従業員がやりがいを持って働き、定着率が高い企業は、顧客への提供サービスの品質やカスタマーサクセスの質が極めて高く安定します。
「働きやすい環境で、モチベーションの高い優秀な人材が自社をサポートしてくれる」という安心感こそが、BtoBマーケティングにおける最大の競合差別化要因となります。広報を通じて自社の人的資本の豊かさを発信することは、単なる採用活動の枠を超え、「顧客のLTVを高め、全社導入を勝ち取るための最強の営業支援施策」として機能するのです。
関連記事:LTV(ライフタイムバリュー)とは?算出方法や最大化するポイント
【マーケターの視点】機能の差別化ではなく「組織のブランディング」をマーケ施策にする
だからこそ、HRテック企業のマーケターが今取り組むべきは、ホワイトペーパーやWebサイトに「機能一覧」を並べることだけではありません。自社がいかに人を大切にし、どのような熱量を持ったメンバーが顧客のサクセスに伴走しているのかという「インサイド(組織・人)」の情報を、戦略的に社外へ発信していくことです。
具体的には、以下のようなコンテンツが強力な武器となります。
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開発秘話・思想: どのような想いを持ったメンバーが、なぜこの機能を開発したのか
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CS(カスタマーサクセス)の舞台裏: メンバーがどのような姿勢で顧客の課題に向き合っているのか
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自社での実践(ドッグフーディング)事例: 自社ツールを自社の組織でどう使い、どう組織への愛着(エンゲージメント)を高めているのか
これらはすべて、情報過多に悩む顧客の「導入で失敗したくない」という不安を根本から解消するマーケティングコンテンツになります。
機能のコモディティ化(同質化)が極限まで進む現在は、「どのような組織が作っているサービスなのか」という人的資本のブランディングが、競合を一歩抜け出し、全社導入を引き寄せる最強のフックとなるのです。
関連記事:商品やサービスの「コモディティ化」ってどんな意味? 問題視される理由や原因・対策を解説
ステークホルダーの心を動かす人的資本経営の広報アプローチ
人的資本経営を単なる「社内制度の整備」や「法定開示への対応」で終わらせてはいけません。自社が誇る人材のエンゲージメントや育成環境、独自のカルチャーは、社内外のあらゆるステークホルダーの心を動かす強力な広報素材になります。ここでは、BtoBビジネスにおける3つの重要なステークホルダー(顧客企業、求職者、自社社員)に向けた、具体的な広報アプローチを解説します。
関連記事:ステークホルダーとは?企業経営に欠かせない理由を徹底解説

顧客企業に向けたBtoBブランディングとしての人的資本発信
BtoBマーケティングにおいて、商談化率や受注率の低さに悩むマーケターがアプローチすべきは、決裁権を持つ経営層や部門責任者です。彼らがSaaSやITツールの導入、全社的なサービス選定において最も懸念するのは、「導入後に本当に自社に定着し、成果が出るのか」という点です。
そこで有効なのが、自社の人的資本データをBtoBブランディングの武器として発信することです。例えば、「自社のカスタマーサクセス部門における、業界特化型スキルの習得率や教育研修への投資額」を定量的に開示します。これにより、顧客企業に対して「この会社のサポート担当者は専門知識が極めて高く、導入後も並走してくれる信頼できるパートナーだ」という強力な安心感を提供できます。人的資本の発信は、製品スペックの比較競争から脱却し、「企業の信頼性」という非財務価値で競合と差別化を図るための極めて有効なアプローチとなります。
優秀な人材を惹きつける採用広報への応用
人的資本経営の広報は、採用市場における自社のプレゼンスを飛躍的に高めます。求職者が企業のホームページや求人票を見る際、平均年収や残業時間といった表面的なスペックだけでなく、「入社後に自分がどのように成長できるか」「多様なキャリアパスが用意されているか」という実態を重視しています。
採用広報においては、リスキリングの支援実績や、実際に異職種への社内キャリアチェンジを成功させた社員のストーリーなどを、具体的なデータとともに発信することが重要です。経営戦略と連動した人材育成方針が社内に浸透し、実際に機能しているプロセスを開示することで、自社のビジョンに共感する優秀な即戦力人材や、成長意欲の高いポテンシャル層を惹きつけることが可能になります。
社内のエンゲージメントを高めるインナーコミュニケーション
広報の役割は社外への発信だけに留まりません。人的資本経営を成功させるための土台となるのが、社内のエンゲージメントを高めるインナーコミュニケーションです。どれだけ社外に向けて「働きやすい会社」をアピールしても、現場の社員がそれを実感していなければ、いずれ発信とのギャップが生じて組織は形骸化してしまいます。
広報部門が主体となり、自社の人的資本に関する取り組みや経営陣の想いを社内報やタウンホールミーティングを通じて分かりやすく言語化し、社員へ届けます。自分たちの働き方やスキルアップへの投資が、企業の持続的な成長や顧客への価値提供にどう繋がっているのかを社員一人ひとりが理解することで、組織への愛着(エンゲージメント)が高まり、結果として生産性の向上や離職率の低下という好循環を生み出します。
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人的資本データをBtoBブランディングに昇華させる具体的なステップ
人的資本経営を単なる「開示義務への対応」や「社内向けの人事施策」で終わらせてはもったいありません。特に、決裁権を持つ経営層や役員クラスにアプローチしたいBtoBマーケターにとって、自社の人的資本データは強力なブランディング武器になります。ここでは、社内に眠る人的資本データを、顧客の信頼を勝ち取るBtoBブランディングへと昇華させるための4つの具体的なステップを解説します。
広報と人事や経営企画が連携する体制づくり
人的資本データをマーケティングや広報に活かすための第一歩は、部門間の壁を越えたコラボレーション体制の構築です。BtoBマーケターや広報担当者だけで施策を進めようとしても、発信に必要なデータは人事部や経営企画部に蓄積されているため、情報収集で挫折してしまいがちです。
この課題を解決するには、「マーケティング・広報」「人事」「経営企画」の3部門による合同プロジェクトチームを立ち上げることが有効です。人事側には「自社の人的資本の取り組みが社外に認知されることで、採用ブランディングにも好影響がある」というメリットを提示します。経営企画側には「非財務情報の開示が、結果として顧客獲得や企業価値向上につながる」というストーリーを示すことで、強固な協力体制を築くことができます。
他社と差別化できる人的資本の強みを見つけるワーク
体制が整ったら、次に行うべきは自社ならではの「人的資本の強み」の棚卸しです。単に「有給消化率が高い」「研修制度が充実している」といった一般的な数値を並べるだけでは、競合他社との差別化にはつながりません。自社のビジネスモデルや提供サービスと結びついた強みを見つけ出す必要があります。
おすすめの方法は、「自社の提供価値(なぜ顧客に選ばれているのか)」と「それを支える人材のスキルや組織風土」を紐付けるワークショップの実施です。例えば、SaaSツールを提供する企業であれば、「カスタマーサクセス部門の平均業界経験年数」や「プロダクト開発メンバーの資格取得率」といったデータが、そのまま「顧客の導入効果を最大化できる組織力」という強力な差別化要素になります。顧客が抱く「この会社は本当に信頼できるのか」という不安を解消できるデータを、優先的にピックアップしていきましょう。
共感を呼ぶ人的資本経営のストーリーテリング
データや数値をそのまま発信するだけでは、受け手の感情を動かすことはできません。BtoBの取引であっても、最終的な意思決定を行うのは「人」です。だからこそ、無機質なデータを「挑戦と成長のストーリー」に変換して届けるストーリーテリングが不可欠になります。
ストーリーを組み立てる際は、以下のフレームワークを意識してください。
- 背景(課題):どのような経営課題や組織の壁に直面していたのか
- 行動(投資):その課題を解決するために、人や組織にどのような投資を行ったのか
- 結果(変化):その結果、社員や組織がどのように成長したのか
- 未来(顧客への価値):その成長が、顧客への提供価値(サービスの品質向上や安定性)にどう還元されるのか
このように、「人への投資」が「顧客への価値」に直結している文脈を描くことで、決裁権を持つ経営層の共感と深い信頼を獲得できるようになります。
関連記事:なぜ人は「不格好な主人公」に惹かれるのか?プロセスエコノミーとストーリーテリングによる「応援されるブランド」の作り方
人的資本経営をアピールする具体的な広報コンテンツの作り方
ストーリーが固まったら、ターゲットであるBtoBの顧客や決裁者に届くコンテンツへと落とし込んでいきます。リード獲得から全社導入(LTVの最大化)につなげるために、以下のようなチャネルと手法を組み合わせたコンテンツ設計を行いましょう。
1. 人的資本に特化した「特設Webコンテンツ」や「ホワイトペーパー」の制作
コーポレートサイトやサービスサイト内に、自社の「人・組織の強み」を可視化した特設ページを開設します。また、「私たちがプロフェッショナルであり続けられる理由」といったテーマで、人材育成の裏側をまとめたホワイトペーパーを制作するのも効果的です。現場レベルのリード(問い合わせ)に対して、商談化の前にこの資料を届けることで、企業の信頼性を事前に刷り込むことができます。
2. 現場のリアルを伝える「社員インタビュー」と「プロジェクトストーリー」
代表的なデータ(例:研修受講時間、エンゲージメントスコアなど)を裏付ける裏話として、実際にその制度を活用して成長した社員のインタビュー記事をnoteや自社オウンドメディアで発信します。開発秘話やサポート体制の裏側を「人」に焦点を当ててドキュメンタリー風に発信することで、サービスの信頼性に血を通わせることができます。
3. プレスリリースを活用した「組織の取り組み」の社会発信
新しい人材育成プログラムの導入や、エンゲージメント向上に関する独自の調査結果などは、プレスリリースとして社会に発信しましょう。単なる製品プロモーションとは異なり、「人や社会を大切にする先進的な企業」としてのメディア露出を狙うことができ、第三者媒体を通じた強力なブランド認知の獲得につながります。
関連記事:プレスリリースとは?概要や実施する目的、メリットについて解説
これからのBtoB企業に求められる人的資本経営と広報の未来
人的資本経営と広報の掛け合わせは、単なる一時的なトレンドやイメージアップの手段ではありません。これからのBtoB市場において、企業の持続可能性を証明し、競合との圧倒的な差別化を図るための長期的な経営戦略へと進化していきます。本章では、これからのBtoB企業が目指すべき人的資本経営と広報の未来像について解説します。

持続可能な成長を示すための情報開示の進化
これまで、人的資本情報の開示は「有価証券報告書での義務化」への対応など、主に上場企業を中心とした「守りの開示」が主流でした。しかしこれからは、企業の持続可能な成長ストーリーを能動的に伝える「攻めの情報開示」へと進化させることが求められます。
たとえばITツールを導入する場合、顧客である意思決定層(経営陣や部門責任者)は、「このベンダーは、自社のシステムを長期にわたって安定的にサポートし、共に並走してくれる組織基盤があるか」という継続性を厳しく見極めています。
離職率の低さや、従業員のスキルアップへの投資、エンゲージメントの高さといった人的資本データを定量・定性の両面から開示することは、「サービスの継続性と企業の信頼性」を証明する強力なエビデンスになります。ただ数値を並べるだけでなく、その数値が自社のどのようなパーパスや成長戦略に紐づいているのか、ストーリーとして一貫性を持って発信し続ける広報の役割がより一層重要になります。
社会価値と経済価値を両立するブランドの確立
これからのBtoB広報が目指すべき究極のゴールは、「社会的に価値のある(働きやすい)会社」であり、同時に「経済的にも強い(売れる)会社」であるという二面性を両立したブランドの確立です。
「従業員を大切にする」という社会価値(ESGの『S』)への取り組みが、巡り巡って「顧客への提供価値の向上」や「優れたプロダクト開発」という経済価値に直結しているサイクルを、広報の力で可視化していきます。
例えば、社内でのリスキリング支援(人的資本投資)によってカスタマーサクセス部門の専門性が向上し、結果として顧客企業のLTV(顧客生涯価値)最大化や全社導入の成功に貢献している、といった因果関係を社外へアピールするアプローチです。このように、人的資本の充実が顧客のビジネス成功に直結しているストーリーを伝えることで、現場のリード獲得にとどまらず、経営層や決裁権者の共感を呼び、商談化率や受注率の劇的な向上へとつなげることができます。社会価値と経済価値を循環させるブランド構築こそが、これからのBtoB企業が生き残るための鍵となります。
【マーケターの視点】プロダクトではなく「自社の体現プロセス」そのものを最強のエビデンスにする
この「社会価値と経済価値の循環」を語る上で、マーケターが最も注意しなければならないのは、単なる理想論や“綺麗事(ウォッシュ)”として片付けられてしまうリスクです。目の肥えたBtoBの決裁権者は、美しいスローガンではなく「データと事実(エビデンス)」を求めています。
だからこそ、HRテック企業のマーケターにとって最大のチャンスは、「自社プロダクトを使って、自社がその循環を証明する最初の成功事例(ドッグフーディング)になること」です。
マーケターは、開発や人事とタッグを組み、以下のような「自社を実験台にした因果関係のデータ」をストーリー化し、コンテンツとして発信すべきです。
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データの可視化: 自社のエンゲージメントツールによって、社員の幸福度(社会価値)が〇%向上した結果、カスタマーサクセスの対応満足度が〇%上がり、結果として自社のチャーンレート(解約率)が〇%下がった(経済価値)という実証データ。
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失敗と運用のプロセス: 単に「成功しました」ではなく、自社でツールを運用する中でどのような壁にぶつかり、どう乗り越えて社会価値と経済価値の循環を生み出したのかという「生々しいプロセス」。
情報過多の時代において、競合他社が語る「一般的な機能のメリット」はノイズとして埋もれてしまいます。しかし、「私たちが自社ツールで人的資本を高め、それによってこれだけのビジネス成果を出している」という言行一致のストーリーは、他社が絶対に真似できない唯一無二のコンテンツになります。
ツールを「売る」というスタンスから、自社が体現した「成功の方程式を共有する」スタンスへ。この圧倒的な説得力こそが、経営層を動かし、商談を劇的に有利に進めるためのマーケティング戦略となるのです。
まとめ
本記事では、人的資本経営と広報を掛け合わせることで、企業の「働きやすさ」という非財務情報がBtoBブランディングにおける強力な武器になる理由と、その具体的な実践ステップを解説してきました。人や組織の価値をストーリーとして発信することは、顧客や求職者の信頼を獲得し、持続可能な企業成長を実現するための鍵となります。人事と広報が手を取り合い、自社ならではの人的資本データを価値あるブランドへと昇華させていきましょう。


