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ブランド・ネームの力【上智大学 外川拓准教授 連載 第2回】

2024.6.19
読了まで約 9

「感覚マーケティング」を研究する上智大学 経済学部経営学科の外川拓准教授が執筆する本シリーズ。第2回目の本稿では、これまで同氏が参画した研究の成果や前例などを踏まえて、ブランド・ネームの重要性や、消費者がブランドを選択する際の心理的なメカニズムについて解説する。

ブランドのネーミングはブランド戦略における重要なプロセスであり、顧客が抱くブランドのイメージや印象に大きな影響を与える要素である。具体的な事例を交えながら、ブランド・ネームの選定方法や効果的な活用法について深く掘り下げていく。

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太田胃散は太田さんに買われている

「太田姓の消費者は、それ以外の姓の消費者に比べて、胃腸薬を買うときに太田胃散を選びやすい傾向がある」。突然だが、このようなことを言われると、にわかには信じられないという感覚を持たれる方も多いかもしれない。

筆者がメンバーとして参画した産学研究プロジェクトでは、購買データ分析から部分的ではあるものの、こうした傾向を確認することができた(詳細は外川, 磯田, 鈴木, & 恩藏, 2023参照)。この研究では、スーパーマーケット・チェーンの売上データを用い、総合胃腸薬の購入履歴を分析した。データには、1年間に総合胃腸薬を当該チェーンで購入した15,967人分の顧客の姓、購入した総合胃腸薬のアイテム名、および購入点数が記録されていた。

分析を行ったところ、総合胃腸薬を購入する際に太田胃散が選ばれる確率は、全体的には30%少々であったが、太田姓の消費者に限ってみてみると、その確率は49.3%に上った。しかも、興味深いことに、大田姓や多田姓の消費者の間ではなく、あくまで表記まで製品と同じ太田姓の間で、太田胃散が選ばれやすいという傾向が見られた。

一見すると、突拍子もなく聞こえるかもしれない。しかし、実はこの傾向はネームレター効果と呼ばれ、理論的にも裏付けられてきた行動である。なぜこのような効果が生じたのか、ビジネスにどのような意味を持つのかという点については、本稿の後半で詳しく紹介する。

2度目の連載となる今回は、ブランド・ネームについて取り上げてみたい。ブランド・ネームは知らず知らずのうちに顧客の行動に影響を与える可能性を持っている。本稿ではまず、ブランド・ネームの重要性や最近の学術研究で明らかになったことを紹介し、そのうえで、先ほど述べたネームレター効果について解説する。新規ブランドの起ち上げや、既存ブランドのテコ入れに取り組んでいるマーケターにとって、ビジネスに活用可能なヒントをお示しできれば幸いである。

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たかが名称、されど名称

ネーミングは、ブランド戦略のなかでも特に重要な局面の一つである。パッケージ、ロゴ、シンボルなどと並び、ネームは顧客のイメージや印象に直接的な影響を及ぼすブランド要素の一つと位置付けられてきた。

多くの企業は、ブランド・ネームを大切な資産として捉えており、1つのネームを開発するのに数百~数千万円を費やすことも多い。逆に、ブランド戦略にまつわる失敗事例を分析していくと、その原因がネーミングであったということも珍しくない(Hartley & Claycomb, 2013)。

ブランド・ネームは、他の競合製品と区別するためだけでなく、そのブランドに関する好ましいイメージを連想させたり、記憶や理解を促したりする役割を担っている。マクドナルドは、ビッグマック、マックシェイク、チキンマックナゲットなど、あらゆる製品に「マック」という言葉を入れている。これにより、単なるシェイクという一般名詞で認識されるのを防ぎ、マクドナルドというブランドが持つ好ましいイメージを各製品へ付与することにつながっている(Aaker, 2014)。

消臭剤ブランドのファブリーズは、繊維や生地を意味する「ファブリック(fabric)」とそよ風を意味する「ブリーズ(breeze)」をつなげた造語である(Krishna, 2013)。英語圏であれば、この造語からも、製品を使用したときの経験や価値が簡単にイメージされる。

既存の単語をネームに組み込むことによって、その単語の意味をブランド・イメージに反映させる戦略は、日本の市場でも活用されている。日本コカ・コーラ社の飲料水ブランド「い・ろ・は・す」のネームは、日本人にとって親しみのある「いろは」という3文字に、環境意識や健康志向の高い生活様式を意味するLOHASをかけあわせて生まれた(広告朝日, 2010)。同ブランドは、一貫して、ボトルの軽量化による環境負荷の軽減、水源となる森の維持活動などを通じ、環境に対する取り組みを続けてきた。ただ、仮にこうした取り組みを知らなくても、「い・ろ・は・す」というネームを聞いただけで、同ブランドのコンセプトが伝わるようになっている。

消費者は、ブランドの理念に共鳴したときに、そのブランドを購入したいと思う。ヘアケア・ブランドのボタニストは、「ボタニカル・ライフスタイル」(植物の恵みを生活に取り入れる)を理念として掲げている。ボタニカルという言葉を用いたネームを掲げることにより、理念が理解、共感され、競争の激しいシャンプー市場のなかで強い支持を得ることに成功した(詳細は、田中, 2023参照)。

ネームを見聞きしたとき、ブランドの理念がどのように伝わり、どのような感情やイメージが呼び起こされるかという点は、ブランドの命運を決めるといっていいほど重要であることがわかる。

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ネーミングの研究

学術研究のなかでもブランド・ネームの特性と顧客の反応について様々なことが明らかにされてきた。

例えば、有名なものの一つに、韻に関する研究結果が挙げられる。韻にはいくつかの種類があるが、なかでも反復と呼ばれる技法は多くのブランドで用いられている。セブンイレブン、TikTok、MacBook、シェイクシャック、キットカットなどはいずれも反復と呼ばれる韻を踏んだネームの例である。実際に発音していただければ、同じリズムが繰り返されていることがおわかりになるだろう。

アルバータ大学のジェニファー・アルゴ教授らが行った過去の研究によると、人はこうした反復的な韻を踏んだネームのブランドを、そうでないネームのブランドに比べて、好ましく評価する。この効果は、ネームを黙読したときには生じず、音読したときにのみ生じた。このことから、口ずさんだ際に感じる音声的な心地よさによって、ポジティブな感情が発生し、結果的にブランドへの評価が高まったと考えられている(Argo et al., 2010)。

ブランド・ネームのなかには、本来の英単語からスペルを変え、意図的に存在しない英単語を用いるケースもある。例えば、写真共有コミュニティサイトのFlickrは、英単語flickerからeを取り除いたスペルを用いている。配車アプリLyft(英単語liftのiをyに置き換え)や、マイクロブログ・サービスのTumblr(英単語tumblerのeを削除)などの例もある。

ノートルダム大学のジョン・コステロ助教らが発表した最近の研究によると、こうした型破りなスペルを用いることにより、一般的に、ブランドに対する評価は低下するという(Costello et al., 2023)。型破りなスペルを用いることが、消費者からは「マーケターによる過剰な訴求の試みである」と認識され、ブランドに対する誠実さの評価を低下させるためである。ただし、消費者にとって、型破りスペルの採用理由が誠実であると感じられた場合(例えば、消費者の意見を取り入れながらブランド・ネームを採用したということを明示した場合)、こうしたネガティブな効果は生じなかった。

先ほど述べたとおり、何らかの意味や理念を消費者に伝えることも、ネームの重要な役割である。最近の研究では、長いブランド・ネームが「ラグジュアリー」というイメージを連想させることがわかっている(Pathak et al., 2019)。反対に、食品カテゴリーにおいて、短いブランド・ネームは健康さを連想させることもわかっている(Motoki & Pathak, 2022)。前回記事でも触れたとおり、母音からの特定の意味(例えば、大きさ、速さ、強さなど)が連想されることを踏まえると、音象徴を活用し、製品特徴にあった母音の選択が重要であることも示唆される。

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ネームレター効果とは

冒頭で述べたとおり、筆者らが発表した論文では、ブランド・ネームに対する好みが顧客自身の姓によって変わり得ることを明らかにした。太田さんにとっての太田胃散のように、ネームに自身の名前と同じ文字が含まれていると、そのブランドを好ましく評価するという傾向である。

この傾向は、社会心理学で古くから論じられている「ネームレター効果」として理解することができる。ネームレター効果とは、「自身の名前に含まれた文字を好ましく評価する傾向」を指し(Jones et al., 2002, p. 170)、結果的にその文字を含んだ別の対象(例えば、都市、職業、ブランド)に対しても好ましいという評価が波及する(Pelham et al., 2002)。

モンゴメリー・カレッジの社会心理学者、ブレット・ペルハム教授は、この傾向を10に及ぶ実験やデータ解析によって明らかにした。例えば、アメリカの社会保障データベースを分析したところ、バージニア(Virginia)という名前の女性は、他の名前の女性に比べて、居住地にバージニア・ビーチ(Virginia Beach)を選択する傾向が高かった。フィリップ(Philip)という名前の男性は、他の男性に比べて、居住地にフィラデルフィア(Philadelphia)を選んでいた。

画像:フィラデルフィアの街並み

同様に、米国歯科医師会や米国法曹協会の名簿を統計的に分析したところ、デニス(Dennis)など、Denで始まる名前の人物は歯科医(dentist)に多く、ローラ(Laura)など、Laで始まる名前の人物は弁護士(lawyer)に多かった。ネームレター効果は最近の心理学研究でも確認されている(Chatterjee et al., 2023)。

マーケティングの文脈でも、ネームレター効果は生じる。消費者は、ネームに自身の名前と同じ文字が含まれているとき、当該ブランドに対して好ましく評価する(Bredl et al., 2005)。さらには、自身の誕生日でも同様の効果が確認された。消費者は自身の名前や誕生日に含まれる文字と、価格に含まれる文字や値が一致したとき、価格に対して好ましく評価することを明らかにした。例えば、FredやFrankなど、“F”で始まる名前の消費者は、$55(”fifty-five dollars”)という価格を他の価格よりも好んだ。同様に、4月15日生まれの消費者は、$49.15という価格を他の価格よりも高く評価した(Coulter & Grewal, 2014)。

ネームレター効果が生じる理由は、社会心理学の自尊心や自己愛といった概念から説明されている。一般的に、人は自身を「能力がある」「成功している」など、ポジティブにとらえようする傾向がある。自身だけでなく、自身を表す文字を好ましく感じ、結果的にその文字が使われた別の対象物(職業、居住地、ブランドなど)までもが好ましく思えるという現象として理解されている(Jones et al., 2002)。

日本語では表記が重要

日本語の場合、人の名前の漢字で表されることが多い。そのため、姓の欄に東と書いてあっても「あずま」さんと読む場合もあれば、「ひがし」さんと読む場合もある。上村という表記も、「うえむら」さんと「かみむら」さんの両方がありうる。漢字表記の場合、ネームレター効果は、読みが一致しただけでも生じるのか、表記が一致したときに生じるのだろうか。

筆者らが発表した論文では、この疑問に対しても解明を試みた。データ分析の結果、すでに述べた通り、太田胃散を選ぶ確率は、太田姓の顧客のなかで高まっていたものの、同音異表記(例えば、大田姓)の顧客では、高まっていなかった。

これは文字の特性によるものだと考えられる。心理言語学の研究によると、アルファベットのような表音文字は、発音を表すため、聴覚情報として処理される。一方、山という漢字が、山の形に由来しているように、漢字のような表意文字は、視覚情報として処理される(Tavassoli & Lee, 2003)。

そのため、日本語でネームレター効果が生じるためには、ブランド・ネームと顧客の姓が、漢字表記の点で一致していることが必要条件となるのである。

ネームレター効果の活用方法

少し前になるが、コカ・コーラが名前入りボトルを発売して話題になった。自身や身近な人の名前が印字されたラベルを見つけ、思わず購入したという人もいるのではないだろうか。

こうした、名入りキャンペーンはしばしば行われる。最近も、ロッテが「コアラのマーチ」の発売開始40周年を記念し、500種類もの名前をお菓子に入れるキャンペーンを実施した(詳細はこちら)。キャンペーンなどで、こうした名入り製品を展開することで、購買される確率を高めることができるだろう。

太田胃散だけでなく、伊藤製パンや山崎製パン、ホンダやスズキなど、ブランド・ネームのなかには人名を含んだものも多くある。ネームレター効果を踏まえると、広く一般にみられる姓であれば、ブランド・ネームに組み込むことにより、より多くの顧客から好意的な反応が得られる可能性がある。

チラシやダイレクトメールでキャンペーンや販促を行うときにも、ネームレター効果を考慮することができる。販促対象のブランドに人名が含まれている場合、それと一致する顧客に重点的に販促物を送付することで、無差別的に送付するのに比べ、効率性を高めることが可能であろう。

もちろん、ネームレター効果は、すべての状況で普遍的に生じるわけではない。今回、筆者らの論文では解明できなかったが、顧客の姓がどれくらい珍しいものかによって、効果が変わってくるかもしれない。あるいは、人によっては、「自分と同じ姓のものだから、あえて買いたくない」といった、いわゆる同族嫌悪のような感情を抱くこともあるだろう。どのような人や場面で特にネームレター効果が生じやすいのかという点については、さらなる研究が必要なところである。

***

今回の記事では、ネームレター効果を端緒として、ブランド・ネームの重要性や役割について論じてきた。ネーミングは、ひらめきやセンスが求められることから、アートとしての性格が強いと思われがちである。それは間違いではないものの、音声的な特性、スペル、顧客の姓との一致度など、細かく見ていくと、一定の法則性をもったサイエンスとしての性格も見えてくる。

最近では、生成型AIを用いることで、完成度の高いネームを提案させることも可能になってきた。しかし、現時点での技術では、人間が一切かかわらなくても済むような段階には至っていない。少なくとも、AIが案出したネームから、微修正を行い、採用決定するプロセスでは人間の力が必要となる。上述した数々の研究知見が、マーケターにとって、ネーミングの意思決定を行う際の拠り所になることを期待している。

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参考文献
Aaker, D. (2014). Aaker on branding: 20 principles that drive success. Morgan James Publishing (阿久津聡訳『ブランド論―無形の差別化を作る20の基本原則』、ダイヤモンド社、2014年).
Argo, J. J., Popa, M., & Smith, M. C. (2010). The sound of brands. Journal of Marketing, 74(4), 97–109.
Brendl, C. M., Chattopadhyay, A., Pelham, B. W., & Carvallo, M. (2005). Name letter branding: Valence transfers when product specific needs are active. Journal of Consumer Research, 32(3), 405–415.
Chatterjee, P., Mishra, H., & Mishra, A. (2023). Does the first letter of one’s name affect life decisions? A natural language processing examination of nominative determinism. Journal of Personality and Social Psychology, 125(5), 943–968.
Costello, J. P., Walker, J., & Reczek, R. W. (2023). “choozing” the best spelling: Consumer response to unconventionally spelled brand names. Journal of Marketing, 87(6), 889-905.
Coulter, K. S., & Grewal, D. (2014). Name-letters and birthday-numbers: Implicit egotism effects in pricing. Journal of Marketing, 78(3), 102–120.
Hartley, R. F., & Claycomb, C. (2013). Marketing mistakes and successes (12th ed.). Wiley.
Jones, J. T., Pelham, B. W., Mirenberg, M. C., & Hetts, J. J. (2002). Name letter preferences are not merely mere exposure: Implicit egotism as self-regulation. Journal of Experimental Social Psychology, 38(2), 170–177.
広告朝日(2010). い・ろ・は・す「しぼれるボトル」でエコを可視化. 広告朝日.
Krishna, A. (2013). Customer sense: How the 5 senses influence buying behavior. Palgrave Macmillan (A. クリシュナ著、平木いくみ、石井裕明、外川拓訳『感覚マーケティング』、有斐閣、2017年).
Motoki, K., & Pathak, A. (2023). The length of brand names influences the expectation of healthiness in foods and preference for healthy foods. Psychology & Marketing, 40(9), 1850-1862.
Pathak, A., Velasco, C., Petit, O., & Calvert, G. A. (2019). Going to great lengths in the pursuit of luxury: How longer brand names can enhance the luxury perception of a brand. Psychology & Marketing, 36(10), 951-963.
田中洋(2023). デジタル時代のブランド戦略―現状分析と変化の方向性. In 田中洋 (ed.) デジタル時代のブランド戦略. 有斐閣.
Tavassoli, N. T., & Lee, Y. H. (2003). The differential interaction of auditory and visual advertising elements with Chinese and English. Journal of Marketing Research, 40(4), 468–480.
外川拓, 磯田友里子, 鈴木凌, & 恩藏直人. (2023). 顧客の名字がブランド選択に及ぼす影響―視覚情報としての文字に注目して―. マーケティングジャーナル, 42(3), 27-38.

執筆者

外川 拓

外川 拓(とがわ たく)

上智大学経済学部准教授。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(商学)。千葉商科大学商経学部専任講師、准教授を経て、2020年より現職。 専門はマーケティング論および消費者行動論。Journal of Consumer PsychologyやJournal of Retailingなどの学術誌に論文を発表。 近著に『デジタル時代のブランド戦略』(分担執筆、2023年、有斐閣)、『マーケティングの力:最重要概念・理論枠組み集』(分担執筆、2023年、有斐閣)。 訳書に『感覚マーケティング』(共訳、2017年、有斐閣)。 日本マーケティング学会マーケティングジャーナル2023奨励賞などを受賞。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

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