スタグフレーションは、経済活動が停滞しているにもかかわらず、物価全体が上昇している状態を指す経済用語です。この言葉は、多くの人にとって耳慣れないかもしれませんが、私たちの日常生活やビジネス環境に大きな影響を与える重要な概念です。
スタグフレーションは、企業の収益性や消費者の購買力に深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、経営者や投資家、そして一般消費者にとっても、この経済現象を理解し、適切に対処することが重要です。本記事を通じて、スタグフレーションに関する知識を深め、経済の変化に柔軟に対応できる準備を整えましょう。
目次
スタグフレーションとは?
スタグフレーションは、経済活動が停滞または停止しているにもかかわらず、物価全体が上昇している状態を指す経済用語です。この言葉は、「stagnation(スタグネーション)」と「inflation(インフレーション)」という2つの単語を組み合わせて作られました。
一般的に、経済成長と物価上昇は同時に起こることが多いのですが、スタグフレーションではこの関係が崩れています。つまり、経済が成長せず、むしろ後退しているのに、物価だけが上昇するという矛盾した状況が発生します。
この状態は、消費者と企業の双方に深刻な影響を与えます。消費者の立場からすると、収入が増えないか減少しているにもかかわらず、生活費が上昇するため、家計を圧迫します。これにより、貯蓄が難しくなったり、生活水準の低下を余儀なくされたりする可能性があります。
一方、企業にとっても、スタグフレーションは大きな課題となります。需要の減少により売上が落ち込む一方で、原材料費などのコストが上昇するため、利益率が悪化します。さらに、投資や新規事業の展開も困難になり、経済全体の停滞につながります。
このように、スタグフレーションは経済における最悪の状態の一つとして認識されています。その影響は広範囲に及び、長期化すれば社会全体の安定性を脅かす可能性もあります。そのため、政府や中央銀行は、スタグフレーションを回避または緩和するための政策を慎重に検討し、実施する必要があります。
インフレーション(インフレ)とは
スタグフレーションの理解を深めるために、インフレーション(インフレ)についても知っておく必要があります。インフレとは、物価が上昇しており、なおかつ通貨の価値が下がっている状態のことです。インフレは、需要が供給を上回っている状態のときに起こります。
企業からしてみれば、供給よりも需要が高いため、本来提供していた金額よりも高い値段で商品を販売します。企業には潤沢な資金も貯まり、消費者の購買活動も活発になるため、インフレは非常に良い経済状態と言えるでしょう。ただし、過度なインフレーションは経済に悪影響を及ぼす可能性があるため、適度な物価上昇率を維持することが重要です。
スタグフレーションとの違いは、インフレーションでは経済活動が活発であるのに対し、スタグフレーションでは経済が停滞している点にあります。このため、インフレーションは一般的に経済成長の指標として捉えられることが多いのです。
デフレーション(デフレ)とは
インフレとは打って変わって、デフレーション(デフレ)は悪い経済状態です。物価の価値は落ち続けるものの、通貨の価値は上がるため、消費者の購買活動が次第に止まっていきます。企業からしてみれば自社商品が売れないため、業績も悪化し、賃金も上がりません。
では、企業がどのように対策をすれば良いかというと、商品の価格を下げて販売することになります。しかし、これでは本来の利益率よりも悪化した状態で販売しなければならず、新しいビジネスへ投資する源泉もないため、負のスパイラルに陥ります。このような状況が続くと、経済全体が停滞し、スタグフレーションの一因となる可能性があります。
デフレ下では、消費者は「今買うより、もっと安くなってから買おう」と考えるため、需要が減少し続けます。これにより、企業の売上が落ち込み、雇用や賃金にも悪影響を及ぼすことになります。デフレからの脱却は容易ではなく、政府や中央銀行による適切な経済政策が必要となります。
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スタグフレーションが起きると投資家心理も冷え込む
スタグフレーションは、経済にとって最悪の状態であり、その影響は投資家心理にも大きく及びます。経済活動が停滞し、物価が上昇する中で、投資家は積極的な投資を控える傾向にあります。この状況下では、投資によるリターンの見通しが不透明になり、リスクが高まるためです。
投資というと、個人の資産運用手段としてのイメージが強いかもしれません。しかし、その影響は個人投資家にとどまらず、経済全体に波及します。特に上場企業にとって、投資家心理の冷え込みは深刻な問題となります。
上場企業は株式を一般に公開し、誰でも購入できるようにしています。投資家にとっては株価上昇が資産増加につながり、企業にとっては企業価値の向上を意味します。しかし、スタグフレーション下では、この好循環が崩れてしまいます。
投資家心理の冷え込みは、株式市場全体の低迷を招きます。これにより、企業の資金調達が困難になり、新規事業への投資や研究開発が滞る可能性があります。さらに、株価の下落は企業の信用力にも影響を与え、取引先や金融機関との関係にも支障をきたす恐れがあります。
このように、スタグフレーションによる投資家心理の冷え込みは、単に個人の資産運用の問題にとどまらず、経済を支える企業活動全体の衰退につながる可能性があります。そのため、スタグフレーションは経済全体にとって非常に深刻な問題として認識されているのです。
なぜスタグフレーションが起こるのか
スタグフレーションの主な要因は供給不足にあります。経済が好調な時期には需要も高まり、関連する商品やサービスへの要求が増加します。しかし、それらを提供する側の供給能力が追いつかなくなると、徐々にスタグフレーションの状態へと移行していきます。
供給不足以外にも、外的要因によってスタグフレーションが引き起こされることがあります。例えば、2022年に発生したロシアとウクライナの紛争は、ガソリン、原油、エネルギーなどの価格上昇を招く重大な要因となりました。供給が制限されることで、必然的にこれらの物価は上昇傾向を示すことになります。
また、政府の金融政策も重要な影響を与える要素の一つです。過度な金融緩和政策は、一時的に景気を刺激しますが、長期的には物価上昇を引き起こす可能性があります。一方で、急激な金融引き締めは経済成長を抑制し、スタグフレーションのリスクを高める可能性があります。
さらに、労働市場の構造的な問題も考慮すべき要因です。技術革新や産業構造の変化により、従来の職種が需要を失う一方で、新たな職種の需要が高まる場合、雇用のミスマッチが生じ、経済の停滞と物価上昇が同時に起こる可能性があります。
これらの要因が複雑に絡み合うことで、スタグフレーションという経済現象が発生します。そのため、政府や中央銀行は慎重な経済運営と適切な政策対応を行い、スタグフレーションのリスクを最小限に抑える努力が求められます。
過去に起きたスタグフレーションの事例
過去に、日本もスタグフレーションを経験しました。その代表的な例が「オイルショック」です。オイルショックとは、原油価格が急激に引き上げられたことにより起こった経済ショックを指します。1970年代に2度発生したオイルショックにより、日本経済は大きな打撃を受けました。原油価格の高騰がインフレを引き起こす一方で、経済成長率は低下し、まさにスタグフレーションの状態に陥りました。この結果、国内総生産(GDP)もマイナス成長となり、1970年代から1980年代にかけて日本経済は厳しい状況に直面しました。
また、近年では、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻といった地政学的リスクにより、スタグフレーションが起きる可能性が指摘され、サプライチェーンの混乱やエネルギー価格の高騰が、インフレ圧力を高める一方で経済成長を鈍化させる恐れがあるとされています。
2025年現在、日本経済は完全なスタグフレーションというよりは「低成長・中程度インフレ」の状況にあると言えます。昨年のような「スタグフレーション的」状況からは若干改善していますが、依然として下記のような問題があります。
- 経済成長率は1%前後と低水準
- インフレ率は2%程度で推移
- 個人消費の回復は緩やか
2025年6月時点では、日本は純粋なスタグフレーションではなく、むしろ「低成長・持続インフレ」の状況にあります。賃金上昇がインフレ率を上回り始めているため、2024年よりは改善傾向にありますが、力強い経済成長には至っていない状況です
このように、スタグフレーションは過去の事例だけでなく、現代においても常に警戒すべき経済現象として認識されています。そのため、経済動向を注視し、適切な対策を講じることが重要です。
参考資料
・世界・日本経済の展望|2025年2月 トランプ政権の政策に揺れる世界、持続的成長へ岐路に立つ日本 | 内外経済見通し | エコノミックインサイト | MRI 三菱総合研究所
・日本:2025年対日4条協議終了にあたっての声明(国際通貨基金)
マーケティング視点でのスタグフレーション対策
ここからは、マーケティング視点でのスタグフレーション対策を紹介します。スタグフレーションは経済全体に大きな影響を与えるため、企業は適切な戦略を立てる必要があります。
以下に、スタグフレーション下で企業が取るべき主要な対策を挙げます:
- 経営の分析を行う
- 商品の付加価値を付ける
- ブランディングを行う
- 市場選定を見直す
- 販売チャネルを見直す
- 消費者のニーズを察知する
これらの対策は、スタグフレーションによる経済の停滞と物価上昇の双方に対応するためのものです。特に、商品やサービスの価値を高め、効果的なマーケティング戦略を展開することで、厳しい経済環境下でも競争力を維持することが可能となります。
それぞれの対策について、順番に詳しく見ていきましょう。これらの戦略を適切に組み合わせることで、スタグフレーションの影響を最小限に抑え、企業の持続的な成長を図ることができるでしょう。
経営の分析を行う
はじめに、現状の経営の分析を行いましょう。特にキャッシュフローを計算し、今後2年〜3年分にかかる固定費や変動費、入ってくるキャッシュを分析することで、自社が取るべき施策や活動が見えてきます。スタグフレーションの環境下では、この分析が特に重要となります。
仮にスタグフレーションが起こると仮定した場合、原価のかかるビジネスであれば、その原価が高騰することは容易に考えられます。一方で、入ってくるキャッシュも少なくなることが予想されます。これらを踏まえて、マイナスシミュレーションであっても安全にビジネスを続けられるラインを見極め、そのための対策を講じると良いでしょう。
経営分析の一環として、SWOT分析も有効です。自社の強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)を明確にすることで、スタグフレーション下でも競争力を維持できる戦略を立てやすくなります。また、財務諸表の詳細な分析も欠かせません。特に売上高利益率や資本回転率などの指標を注視し、経営効率の改善に努めることが重要です。
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商品の付加価値を付ける
スタグフレーションが起きると、消費者の購買活動は衰退していきます。多くの企業は、値下げをすることでしか自社商品を販売できなくなります。しかし、その状態ではスタグフレーションの対策をしているとは言えません。なぜなら、競合他社も値下げ戦略を取ってくる可能性があり、結果的に利益率は悪化する一方だからです。
これらを防ぐためには、商品の付加価値を付けることが重要です。価格以外の魅力的な付加価値を付けることで、安くて品質が一定の商品より、高くても最高品質の商品として買ってもらえる可能性が高くなります。
たとえば、商品の機能性や耐久性を向上させる、独自のデザインを採用する、アフターサービスを充実させるなどの方法があります。また、環境に配慮した製品づくりや、地域社会への貢献など、社会的価値を付加することも効果的です。これらの付加価値は、スタグフレーション下でも消費者の購買意欲を刺激し、競合他社との差別化を図る上で重要な要素となります。
さらに、商品の付加価値を適切に消費者に伝えるためのマーケティング戦略も欠かせません。商品の特徴や優位性を明確に説明し、消費者のニーズとの関連性を示すことで、価格以外の価値を理解してもらうことができます。このような取り組みにより、スタグフレーション下でも持続可能なビジネスモデルを構築することが可能となります。
ブランディングを行う
次に、ブランディングを行うことも重要です。ブランディングとは、自社のブランドを構築し、消費者の心に深く刻み込むための戦略的な活動のことを指します。上述した付加価値と共通する部分ではあるものの、ブランディングがしっかりできていれば、「安いから買う」といった理由とは別の理由で自社商品を選んでもらえるようになります。
たとえばスターバックスを例にすると、スターバックスはサードプレイスとして場所を提供しています。これにより、コーヒーが美味しいのはもちろんですが、「仕事がしやすいカフェ」「話がしやすいカフェ」といった形で、サードプレイスとして使ってもらえるブランディングを行っています。このような強力なブランド戦略により、スタグフレーションのような厳しい経済状況下でも、顧客ロイヤリティを維持し、競合他社との差別化を図ることが可能となります。
効果的なブランディングを行うためには、以下の点に注意しましょう:
- 一貫したブランドメッセージの発信
- 顧客体験の向上
- 社会的責任の遂行
- 独自の企業文化の醸成
これらの要素を総合的に考慮し、長期的な視点でブランディングに取り組むことで、スタグフレーションに強い企業体質を作り上げることができるでしょう。
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市場選定を見直す
スタグフレーションが起きる前後において、戦う市場を変えてみることも1つの有効な手段です。たとえば、スタグフレーションが起きる前は富裕層に対して商品を販売している場合、少し裾野を広げて、高給取りのサラリーマンもターゲットとして追加するなどが挙げられます。また、既存の市場だけでなく、新たな成長市場を探索することも重要です。
スタグフレーションが起きると消費者の購買行動が全体的に衰退するので、ターゲット数を増やして全体の売上をキープする戦略が効果的です。さらに、自社製品やサービスの強みを活かせる新しい市場セグメントを見出すことで、競争優位性を保つことができます。市場調査やデータ分析を通じて、潜在的な需要がある分野を特定し、そこに経営資源を集中させることも検討しましょう。
このように、スタグフレーション下での市場選定の見直しは、企業の生存戦略として非常に重要なマーケティング施策となります。
関連記事:ターゲティング|競合他社と差をつけるターゲット設定の方法
販売チャネルを見直す
新型コロナウイルスの感染拡大が顕著な例ですが、販売チャネルを増やした企業と、増やせなかった企業で明暗が分かれたことは事実です。今までは対面で営業活動できていたケースが、対面では難しくなり、SNSやインターネット広告を使って営業活動をする必要が出てきました。
スタグフレーションの状況下でも同様に、今までとは異なる販売チャネルを構築することが重要です。たとえば、従来の店舗販売に加えて、ECサイトを立ち上げたり、オンラインでの商談システムを導入したりすることで、新たな顧客層にアプローチできる可能性があります。また、SNSマーケティングを活用して、低コストで効果的なプロモーションを行うことも検討すべきでしょう。
多様な販売チャネルを持つことで、スタグフレーションによる経済の停滞に柔軟に対応し、売上の維持や新規顧客の獲得につながる可能性があります。自社の商品やサービスの特性に合わせて、最適な販売チャネルの組み合わせを検討し、実行に移すことが求められます。
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消費者のニーズを察知する
最後に、消費者のニーズをいち早く察知できるようにしましょう。消費者のニーズに応えられる商品を販売することで、消費者からしてみれば購入しやすくなります。
現代はインターネットが活発化しているので、SNSなどを使えば容易に消費者のニーズを汲み取ることが可能です。特にスタグフレーション下では、消費者の購買行動が変化するため、ニーズの把握がより重要になります。
現状、何もSNSなどに取り組んでいない場合は、SNS発信も始めてみると良いでしょう。また、アンケート調査やフォーカスグループインタビューなどの伝統的な市場調査手法も、消費者ニーズの把握に効果的です。
これらの手法を組み合わせることで、より正確で迅速なニーズ把握が可能になります。
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・企業が取り組むSNSマーケティングとは?SNSマーケティングを強化する企業が増加(株式会社タナベ経営調べ)
まとめ
本記事では、スタグフレーションについて解説してきました。スタグフレーションは、経済が停滞しているにもかかわらず、物価が上昇している状態を指します。この経済現象が発生すると、企業は価格を下げざるを得なくなり、消費者の購買活動も減退します。そのため、スタグフレーションは最悪の経済状態として広く認識されています。
スタグフレーションへの対策として、まずは自社の経営状況を詳細に分析することが重要です。その上で、ブランディングの強化や販売チャネルの見直しなど、様々な施策を講じる必要があります。具体的には、商品の付加価値を高める、新たな市場を開拓する、消費者のニーズを的確に把握するなどの取り組みが効果的です。
また、キャッシュフローの管理を徹底し、固定費や変動費の見直しを行うことで、スタグフレーション下でも事業を継続できる体制を整えることが大切です。さらに、デジタル技術を活用した新たな販売方法の導入や、柔軟な価格戦略の採用も検討すべきでしょう。
スタグフレーションは予測が難しい経済現象ですが、日頃から対策を講じておくことで、その影響を最小限に抑えることができます。自社の状況に合わせて、できることから着実に実行に移していくことをおすすめします。