ダイナミックプライシングとは、さまざまな条件によって商品やサービスの価格が変動する価格戦略です。この価格設定方式は、需要と供給のバランスに応じて価格を柔軟に調整することで、企業の収益を最適化することを目的としています。本記事では、ダイナミックプライシングの基本的な仕組みや、企業とユーザー、それぞれのメリットとデメリットを詳しく解説します。
また、Jリーグやプロ野球、ホテルや鉄道など、さまざまな業界で採用されている具体的なダイナミックプライシングの事例も紹介します。これらの実例を通じて、ダイナミックプライシングがどのように実践されているかを理解することができるでしょう。
近年、AIやビッグデータの活用により、ダイナミックプライシングはより精緻化され、効果的に運用されるようになってきています。このような技術革新により、企業は市場の変化にリアルタイムで対応し、より効率的な価格設定を行うことが可能となっています。
ダイナミックプライシングは、単なる価格変動ではなく、戦略的な価格設定手法として注目を集めています。本記事を通じて、この革新的な価格戦略について理解を深めていただければ幸いです。
目次
ダイナミックプライシングとは変動料金制のこと
商品やサービスの需要に応じて価格を変動させる仕組みを、ダイナミックプライシング(Dynamic Pricing:変動料金制)といいます。
サッカーのJリーグ、プロ野球の球団、バスケットボールのBリーグなど、各種のスポーツ競技のほか、音楽ライブ、ホテル、テーマパーク、鉄道会社など、レジャー関係の各業界でダイナミックプライシングが採用されています。
ダイナミックプライシングは、最近使われ始めた仕組みのように思われるかもしれませんが、実は昔から特定の業界ではよく活用されています。私たちが一番よく知っているのは、ホテルの料金や航空券のダイナミックプライシングでしょう。
一般的に旅行業界では「シーズン」という概念があり、オンシーズン(繁忙期)とオフシーズン(閑散期)の価格差が昔から存在していました。
日本の場合であれば、4月末から5月頭のゴールデンウィーク、8月のお盆、クリスマスから年末年始にかけて、などがオンシーズンとして設定されており、ホテルや航空券の利用料金が高くなることがほとんどです。
このように、ダイナミックプライシングは需要と供給のバランスを取りながら、企業の収益を最適化し、同時に顧客にも柔軟な価格選択肢を提供する重要な戦略となっています。
参考リンク:Case | ダイナミックプラス株式会社
ダイナミックプライシングの仕組み
ダイナミックプライシングは、商品やサービスの需要に応じて価格を変動させる仕組みです。この価格変動の仕組みは、以前は人間の手で管理されていましたが、最近ではAI(人工知能)が導入され始めています。
従来の方法では、月別の売上や年間の顧客動向などのデータを分析し、人間が適正な価格を算出していました。この際、年間にかかる固定費(人件費や光熱費、設備の償却費用など)と変動費、利益を考慮し、価格を変動させても経営が成り立つように慎重に計算を行っていました。
しかし、AIの導入により、この価格決定プロセスがより精緻化され、効率的になりました。AIは長年にわたって蓄積された顧客動向などのビッグデータを分析し、複雑なアルゴリズムに基づいて最適な価格とタイミングを導き出します。これにより、ダイナミックプライシングの精度が向上し、より効果的な価格戦略の実施が可能となりました。
例えば、ホテル業界では、予約状況や季節変動、競合他社の価格などの要因を考慮し、AIが瞬時に最適な価格を算出します。これにより、需要が高い時期には高い価格設定を行い、需要が低い時期には価格を下げるなど、柔軟な価格戦略を実現しています。
このようなAIを活用したダイナミックプライシングシステムの導入により、企業は収益の最大化と顧客満足度の向上を同時に達成することが可能となっています。
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ダイナミックプライシングのメリットとデメリット(企業側とユーザー側)
ダイナミックプライシングは、企業とユーザーの双方にメリットとデメリットをもたらします。この価格戦略を導入することで、企業は需要に応じた柔軟な価格設定が可能となり、収益の最適化を図ることができます。一方、ユーザーにとっては、閑散期などに通常よりも安価な価格で商品やサービスを享受できる機会が増えるメリットがあります。
しかし、デメリットも存在します。企業側では、システム導入や運用にコストがかかり、価格変動が頻繁すぎると顧客の信頼を損なう可能性があります。ユーザー側では、需要が高い時期に必要な商品やサービスを利用する場合、高額な料金を支払わざるを得ない状況に直面することがあります。
このように、ダイナミックプライシングは市場の需給バランスを反映した価格設定を可能にする一方で、企業とユーザーの双方にとって慎重に検討すべき側面も持ち合わせています。
企業側のメリット
ダイナミックプライシングの企業側のメリットは、繁忙期と閑散期の需要を平準化できることです。そうすることで遊休期間が発生せず、設備や人的リソースの有効活用ができます。これにより、企業の運営効率が向上し、コスト削減にもつながります。
また、高需要時には高収益な販売価格で利益を獲得し、低需要時には販売価格を下げ在庫や廃棄を減らすことが可能となるため、収益の最大化にもつながります。ダイナミックプライシングを適切に運用することで、企業は市場の変化に柔軟に対応し、収益を最適化することができるのです。
さらに、ダイナミックプライシングを活用することで、顧客の購買行動に関する貴重なデータを収集することができます。これらのデータは、今後のマーケティング戦略の立案や商品開発に活用することができ、長期的な企業成長にも寄与します。
企業側のデメリット
ダイナミックプライシングを導入する際には、システム(AI等)の導入コストや販売価格変更のコストがかかります。これらの初期投資や運用費用は、企業にとって大きな負担となる可能性があります。
また、過剰なダイナミックプライシングの適用は、ユーザーの反感を買う場合があり、買い控えの原因になることもあります。特に価格が急激に変動する場合、顧客の不信感を招く恐れがあります。
さらに、ダイナミックプライシングの導入により、価格の透明性が低下する可能性があります。これは、顧客との信頼関係を損なう要因となる可能性があります。
加えて、競合他社との価格競争が激化し、利益率の低下につながる可能性もあります。ダイナミックプライシングを適切に運用するためには、市場動向や競合他社の動きを常に注視し、迅速かつ適切な価格設定を行う必要があります。
ユーザー側のメリット
利用のタイミングなどを合わせれば、ダイナミックプライシングによってリーズナブルな商品が手に入り、同じサービスを安く受けることができます。例えば、テーマパークの入場料が平日や閑散期に安くなれば、混雑を避けつつ割安に楽しむことが可能になります。また、ホテルや航空券などの旅行関連サービスでも、オフシーズンを狙うことで大幅な節約につながります。このように、ダイナミックプライシングを賢く活用することで、消費者は自身のニーズや予算に合わせた柔軟な選択が可能となり、より多くの商品やサービスを享受できる機会が増えるのです。
ユーザー側のデメリット
その商品やサービスが必要不可欠である場合は、販売価格が高額でも購入せざるを得ない場合があります。特に、急な用事や予定変更などで、繁忙期や人気の高い時期に利用せざるを得ない状況では、通常よりも大幅に高い料金を支払わなければならないことがあります。また、価格の変動が頻繁に起こる場合、購入のタイミングを計るのが難しくなり、ユーザーにとってストレスになる可能性もあります。
ダイナミックプライシングの事例紹介
企業が実際に導入しているダイナミックプライシングの事例をいくつか紹介します。様々な業界で価格変動制が採用されており、その効果や目的は企業によって異なります。
例えば、テーマパーク業界では、入場者数のコントロールや混雑緩和を目的としてダイナミックプライシングを導入しています。これにより、顧客満足度の向上や、繁閑の差を平準化することができます。
小売業界では、商品の賞味期限管理や在庫コントロールにダイナミックプライシングを活用しています。これは廃棄ロスの低減につながる重要な取り組みです。
スポーツ業界、特にサッカーJリーグの各チームでも、観戦チケットにダイナミックプライシングを導入する動きが広がっています。これにより、試合の人気度や開催日時に応じて柔軟に価格設定を行うことが可能となり、収益の最適化を図ることができます。
これらの事例から、ダイナミックプライシングは業界や企業の特性に応じて多様な形で活用されていることがわかります。価格変動制の導入により、企業は需要予測の精度向上や経営効率の改善を実現し、より戦略的な価格設定を行うことができるのです。
ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)の入場チケット
USJは、2019年に入場チケットのダイナミックプライシングを導入しました。この価格変動制の導入により、USJは需要に応じた柔軟な料金設定が可能となりました。
それまで9年連続して入場チケットを値上げしていましたが、繁忙期と閑散期にチケットの値段の差をつけることにより、入場者数のコントロールと、混雑緩和による顧客満足度の向上に成功したといわれています。
さらに、ダイナミックプライシングの導入は、USJの収益最適化にも貢献しています。繁忙期には高めの価格設定で収益を確保し、閑散期には比較的安価な料金で集客を図ることで、年間を通じた安定した経営を実現しています。
東京ディズニーランド・ディズニーシーの価格変動性チケット
東京ディズニーランドとディズニーシーは、2021年3月20日の入園分よりダイナミックプライシングを導入しました。休日やオンシーズンには高値が設定され、閑散期には安値が設定されるようになったのです。
このダイナミックプライシングの導入により、時期による繁閑の差をならすことで、より一層のサービス向上につなげることができるとしています。さらに、需要に応じた価格設定によって、混雑緩和や施設の効率的な運営にも寄与することが期待されています。これにより、ゲストの満足度向上と同時に、パーク全体の収益性の改善も図られることになります。
ローソンのコンビニ弁当、お惣菜
ローソンは実験店舗で電子タグの実証実験を行った際、電子タグからの情報で賞味期限が近い商品を特定し、顧客のSNSに通知するダイナミックプライシングシステムを取り入れました。
顧客がその商品を購入するとSNSのポイントが付与される(実質的な値引き)仕組みとなっており、これを実用化すれば廃棄ロスの低減に繋がるシステムとして期待されています。
このようなダイナミックプライシングの活用は、コンビニエンスストア業界における革新的な取り組みとして注目を集めています。
ローソンの事例は、食品ロス削減という社会課題に対して、テクノロジーとダイナミックプライシングを組み合わせた先進的なアプローチといえるでしょう。今後、他のコンビニチェーンや小売業でも同様のシステムが導入される可能性があり、業界全体での効率化と環境負荷低減が期待されます。
サッカーJリーグ各チームの観戦チケット
サッカーのJリーグの各チームでもダイナミックプライシングは導入されています。多くのクラブが観戦チケットの価格を需要に応じて変動させる仕組みを取り入れており、これによって観客動員数の最適化と収益の向上を図っています。ダイナミックプライシングの導入により、人気の高い試合では価格が上昇し、逆に需要の低い試合では価格が下がるため、チームは柔軟な価格戦略を展開できるようになりました。また、この取り組みはファンにとっても、自分の予算や観戦希望度に応じてチケットを購入できるメリットがあります。Jリーグ全体としても、この価格変動システムによって、スタジアムの稼働率向上や新規ファンの獲得につながることが期待されています。
名古屋グランパス
名古屋グランパスでは2019年シーズンよりダイナミックプライシングを導入しました。Jリーグに加盟するクラブの中でも早い段階でこの取り組みを開始しています。つまり名古屋グランパスはJリーグにおけるダイナミックプライシング導入の先駆け的存在です。
本格的に導入したのは2019年のシーズンからですが、それ以前の2018年12月にパロマ瑞穂スタジアムで行われた湘南ベルマーレ戦で、試験的にダイナミックプライシングを導入しています。
名古屋グランパスでは、ダイナミックプラシングを導入した2019年には、年間入場者数が約1.5倍に増加したそうです。
清水エスパルス
清水エスパルスでは2020年のシーズンから、全試合でダイナミックプライシングを導入しました。
「ファンやサポーターの皆さまに観戦チケットを需要に応じて適正な価格で販売する」という清水エスパルスの方針により、ダイナミックプライシングの導入を決定しました。
清水エスパルスもダイナミックプライシングを本格的に導入したのが2020年シーズンですが、それ以前の2019年明治安田生命J1リーグでも試験的に導入しています。
この取り組みは高額転売防止にもつながるとして、各方面から期待されているそうです。
湘南ベルマーレ
湘南ベルマーレでは清水エスパルス同様、2020年のシーズンから全試合でダイナミックプライシングを導入しました。
本格的な導入は2020年のシーズンからですが、2019年の湘南ベルマーレホームゲーム第17節セレッソ大阪戦以降、ほかの9試合でも試験的に導入しています。
ベガルタ仙台
ベガルタ仙台では2019年シーズンの後半戦ホーム開催試合よりダイナミックプライシングを導入しています。
ベガルタ仙台は経営検討委員会の提言に係る取り組みの中に、しっかりとダイナミックプライシングを盛り込んでいます。いわゆる「ビジネス戦略」の一環としてダイナミックプライシングを捉えており、2021年1月に行われた「赤字の構造的要因の改善」における「入場者数増加への取組強化」では、ダイナミックプライシングのメリットとデメリットを検証し、価格改正の検討を行う取り組みが実施されています。
松本山雅FC
松本山雅FCでは2019年シーズンの最終戦よりダイナミックプライシングを導入しています。
「活気あるアルウィンを取り戻す」「クラブの経済基盤の強化」を導入の目的に掲げ、ファンやサポーターの需要に応じた適正価格でのチケット販売を行う、としています。
当時、松本山雅FCでは2019年シーズン8試合のチケットが完売し「満員のアルウィン」であったことをアピールしながらも、チケット高額転売行為の横行が目立つことから、ダイナミックプライシングを試験的に導入することにした、としていました。
その後の検証により、ダイナミックプライシングを導入したことによる一定の効果と課題解決が期待できると判断されたため、以降本格的に導入されることになりました。
中日ドラゴンズ、千葉ロッテマリーンズなど、プロ野球の観戦チケット
サッカーだけでなくプロ野球の各球団でもダイナミックプライシングは導入されています。その一部の取り組みを見ていきましょう。
福岡ソフトバンクホークス
福岡ソフトバンクホークスでは、2017年のシーズンから一部の試合でダイナミックプライシングを導入し始めました。
2016年から試験的に導入し、段階的に対象日程や席種・席数の拡大への取り組みを開始していったそうです。
2019年11月には自社サイトにて、2020年のシーズンからダイナミックプライシングを全面展開する旨の発表を行いました。
この全面展開をプレリリースする前の2019年のシーズンにおいては、Yahoo!とタッグを組み、1試合当たり約1500席のAIチケットの販売も行っています。
千葉ロッテマリーンズ
千葉ロッテマリーンズでは、2020年のシーズンから全試合でダイナミックプライシングを導入しました。
しかし株式会社千葉ロッテマリーンズBtoC本部のコメントでは、これは本格導入ではなくテスト的な導入だったと語っています。
2021年にはコロナ禍により大幅な入場制限を強いられたこともあり、球団側はダイナミックプライシングによるチケットの需要がより高まったとしています。
オリックス・バファローズ
オリックス・バファローズも2019年のシーズンからダイナミックプライシングを導入しています。
初めて取り入れたのが2019年7月16日に京セラドーム大阪で行われたオリックス・バファローズ対楽天戦で、トライアルとして導入されました。この際に、ダイナミックプライシングにした場合としない場合の実証実験を行っており、ダイナミックプライシングにした場合は、しない場合に比べてチケット収入が14%増加した、とのデータも公表されています。
全座席を対象とした1円単位のダイナミックプライシングによる価格設定は、当時日本プロ野球界初の試みとして注目を集めました。
参考リンク:人気沸騰のプロ野球チケット販売に起きる進化 | スポーツ | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
中日ドラゴンズ
中日ドラゴンズも2021年のシーズンからダイナミックプライシングを導入しています。
バックネット裏の後方上段スタンドの人気席にダイナミックプライシングエリアを設け、「パノラマDP」という名称で試験的に販売を始めました。その後、バンテリンドームで開催された全71試合において、ダイナミックプライシングによる価格設定を適用しています。
2023年のシーズンでも適用対象試合を拡大中とのことです。
東京ヤクルトスワローズ
東京ヤクルトスワローズも2022年のシーズンからダイナミックプライシングを導入しています。
導入開始は2022年ですが、それ以前の2017年に三井物産とタイアップをして、ダイナミックプライシング導入を想定した実証実験を試合の一部で行っていました。
ほかの球団よりもいち早くダイナミックプライシングの実証実験に参画していたものの、採用には慎重な姿勢を示していたようです。
JR東日本のオフピーク定期券
JR東日本は定期券の価格設定にダイナミックプライシングを導入した「オフピーク定期券」を発売しました。
平日朝のピーク時間帯には使用ができず、ピーク時間帯以外に限り使用ができるというものです。ピーク時間帯に使用ができない代わりに、通常の定期券より割安で購入することができます。
JR東日本ではオフピーク定期券を各企業が導入することによって、従業員への交通費削減につながるとしています。
まとめ:ダイナミックプライシングは企業とユーザーのどちらにもメリット・デメリットがある
ダイナミックプライシングは、需要の変動によってコントロールされ、企業側と顧客側の双方にメリットがあります。また、企業や顧客の利益だけでなく、環境問題にも寄与する可能性があります。
最近ではAIを導入したダイナミックプライシングが主流になりつつあり、今後は各企業において導入がさらに加速していくでしょう。