「ネーミングライツ=大企業の高額投資」というイメージだけで、検討候補から外していませんか? 実際には歩道橋やグラウンドなど身近な施設へ対象が広がり、年間20万円程度から契約可能です。中小企業や店舗の活用も急増しており、アイデア次第でSNS拡散や地域貢献も叶う費用対効果の高い施策です。
本記事では、思わず二度見するユニークな事例やリアルな相場感、記憶に残る命名の極意までを網羅的に解説します。
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目次
ネーミングライツ(命名権)は、今やスポーツ施設だけのものではない
「ネーミングライツ(命名権)」と聞くと、プロ野球やJリーグの試合が行われる大規模なスタジアムやドームを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
確かに、2003年に日本初の公共施設ネーミングライツとして「味の素スタジアム(東京スタジアム)」が誕生して以来、スポーツ施設や文化ホールはネーミングライツの主戦場でした。しかし、制度の浸透とともにその対象は驚くべき広がりを見せています。今や、私たちが普段何気なく利用している身近なインフラや小規模な施設にまで、企業の名前が冠されるようになっているのです。
歩道橋、トイレ、大学講義室…広がる「命名」の対象
近年、ネーミングライツの対象は「箱モノ」と呼ばれる大型施設から、生活に密着したインフラへと拡大しています。例えば、以下のような場所がネーミングライツの対象となっています。
- 歩道橋:交差点にかかる歩道橋に企業名が表示されるケースが増加。
- 公衆トイレ:清潔な維持管理と引き換えに、トイレ自体に命名したり、内部に広告を出したりする事例。
- 通り(ストリート):市道などの道路そのものに愛称をつける。
- 大学の講義室・研究室:産学連携の一環として、教室に企業名を冠する。
なぜ、これほどまでに対象が広がっているのでしょうか。最大の理由は、自治体側の財源確保ニーズと企業側の地域貢献ニーズのマッチングです。自治体にとって、老朽化するインフラの維持管理費は大きな課題です。一方、企業にとっては、巨額の費用がかかるスタジアムの命名権に比べ、歩道橋やトイレなどは比較的安価に契約でき、かつ「地域の安全や美化に貢献している」というCSR(企業の社会的責任)を明確に打ち出せるメリットがあります。
参考リンク
- ネーミングライツパートナー制度 - 神奈川県ホームページ
- 愛知県のネーミングライツ導入施設一覧 - 愛知県
- ネーミングライツ導入施設一覧/前橋市
- 駅名ネーミングライツスポンサー紹介 – 天浜線(天竜浜名湖鉄道株式会社) – 日本の原風景に出逢う旅。
- ネーミングライツ導入施設一覧|国立大学法人名古屋工業大学
B2B企業が注目すべき「日常への溶け込み」効果
この潮流は、B2C企業だけでなく、SaaSやITツールなどを扱うB2B企業にとっても見逃せないチャンスです。
大規模なスタジアム広告は、不特定多数への認知拡大には強力ですが、B2Bマーケティングが狙う「決裁者」や「リード層」への直接的な訴求としては、費用対効果が見えにくい側面もあります。しかし、オフィスの近くにある歩道橋や、通勤で使う駅の副駅名などは、ターゲットの生活動線上にあり、毎日繰り返し目にするものです。
心理学には、接触回数が増えるほど好感度や信頼度が高まる「ザイオンス効果(単純接触効果)」という法則があります。「いつもそこにある名前」として日常の風景に溶け込むことは、いざ商談や導入検討のフェーズになった際、「ああ、あの歩道橋の会社か」という安心感や信頼感を醸成する下地となります。
つまり、現代のネーミングライツは、単なる「看板広告」ではなく、地域社会の一員としての顔を持ち、長期的なLTV(顧客生涯価値)向上に寄与するブランディング施策として進化しているのです。
マーケティングと関連深いザイオンス効果(単純接触効果)とは?メリットとデメリットを解説
企業がネーミングライツに投資する理由
ネーミングライツ(命名権)の取得は、単なる看板広告の延長ではありません。数千万円から数億円規模の投資を伴うこの施策には、短期的な認知獲得だけでなく、中長期的な経営戦略としての側面が強くあります。ここでは、企業がネーミングライツに投資する主要な理由を、マーケティングと経営の両面から解説します。
圧倒的な広告宣伝効果とザイオンス効果
最も直接的なメリットは、メディア露出による広告効果です。施設名がニュースや天気予報、スポーツ中継などで繰り返し呼ばれることで、企業名やブランド名が自然と消費者の耳に入ります。これは先ほども解説したように、心理学における「ザイオンス効果(単純接触効果)」を最大限に活用した手法と言えます。
また、公共性の高い施設であればあるほど、地図アプリや道路標識、カーナビゲーションシステムにも新しい名称が登録されます。これにより、その地域を訪れる人々に対して、半永久的にブランドを刷り込むことが可能になるのです。
関連記事:行動経済学とは?理論を簡単に解説!企業のマーケティングに活かした例も紹介
地域社会への貢献(CSR)とブランディング
ネーミングライツ料は、施設の維持管理費や改修費に充てられることが一般的です。自治体が所有する市民ホールやスポーツ施設、歩道橋などの命名権を取得することは、「地域社会のインフラ維持に貢献している企業」という強力なブランディングに繋がります。
特に近年は、ESG経営(環境・社会・ガバナンス)やSDGsへの取り組みが企業評価の重要な指標となっています。地元住民に愛される施設のスポンサーとなることは、企業の社会的責任を果たす具体的なアクションとして、ステークホルダーからの支持を集める要因となります。
B2Bビジネスにおける「企業の信頼性」の証明
B2Bマーケターにとって見逃せないのが、ネーミングライツがもたらす「与信」への効果です。公共施設のパートナーとして選定されるには、自治体による厳しい審査を通過する必要があります。つまり、ネーミングライツを取得している事実そのものが、企業の経営安定性と社会的信用の証明書となるのです。
無形商材を扱うSaaSやITツールベンダーの場合、サービス導入の決裁権を持つ経営層に対して「どこの会社か分からない」という不安を払拭することは大きな課題です。しかし、「あのスタジアムのスポンサー企業」という認知があれば、商談時の信頼獲得コストは劇的に下がります。これは結果として、リードタイムの短縮や受注率の向上、さらには優秀な人材の採用力強化にも寄与します。
ネーミングライツの相場感
ネーミングライツ(命名権)の導入を検討する際、多くのマーケターや経営層が最初に直面する疑問が「一体いくらかかるのか」というコスト感です。結論から言えば、ネーミングライツの契約料は、対象となる施設の規模、集客力、メディア露出度によって年間数万円から数億円まで極めて大きな幅があります。
プロスポーツ施設・大規模ホール:年間数千万円〜数億円
プロ野球やJリーグのスタジアム、あるいは有名アーティストがコンサートを行うアリーナクラスの施設は、テレビ中継やニュースでの露出が期待できるため、契約料は高額になります。
一般的に、地方都市の市民球場クラスであっても年間数百万円から1,000万円程度、プロチームの本拠地となるスタジアムやドームクラスになれば、年間5,000万円から数億円規模の契約料が相場となります。これらは主に、ナショナルクライアントや、その地域を代表する大企業がブランディングの総仕上げとして活用するケースが目立ちます。
地方自治体の公共施設・インフラ:年間数万円〜数百万円
一方で、B2B企業や中堅・中小企業にとって現実的かつ狙い目なのが、地方自治体が保有する公共施設やインフラです。これらは「広告宣伝」というよりも「地域貢献(CSR)」の側面が強く、比較的安価に設定されています。
例えば、市民会館や文化ホール、公営プールなどは、年間100万円から500万円前後で募集されることが多くあります。さらに、歩道橋や地下道といった小規模なインフラ施設であれば、年間30万円程度から契約可能なケースも珍しくありません。
実際に大阪府では、歩道橋のネーミングライツパートナーを年額30万円以上(総額で150万円以上)から募集していますし、前橋市の「登利平 桃ノ木川グランド」の契約費用は年間22万円となっており、地域に根ざした企業のアピールの場としてすでに定着しています。
参考リンク
契約金額を決定づける主な変動要因
ネーミングライツの価格は、単なる施設の大きさだけで決まるわけではありません。自治体や施設所有者が提示する希望価格(最低制限価格)は、主に以下の要素を複合的に評価して算出されます。
- メディア露出量:テレビ、新聞、Webニュースなどで施設名が取り上げられる頻度。
- 利用者数・通行量:施設への年間来場者数や、看板を目にする交通量。
- 立地と視認性:主要駅の近くや幹線道路沿いなど、物理的な目立ちやすさ。
- 公共性とブランドイメージ:施設の格式や、地域住民への浸透度。
特にB2Bマーケティングの視点では、単に人通りが多い場所を選ぶのではなく、自社のターゲット層(決裁者やビジネスパーソン)が多く利用するエリアや施設を選ぶことで、費用対効果を高めることが可能です。
B2B企業が注目すべき「信頼コスト」としての投資価値
SaaSやITツールを提供するB2B企業にとって、ネーミングライツへの投資は、単なる認知拡大以上の意味を持ちます。それは、エンドユーザーからのリード獲得だけでなく、商談時における「信頼の証」として機能するからです。
公共施設の命名権を取得するには、自治体の厳格な審査を通過する必要があります。つまり、看板が出ていること自体が「自治体の審査をパスできるだけの社会的信用と安定した財務基盤がある企業」という強力な証明になります。
月額数万円から数十万円の投資で、全社導入を検討する大手企業の決裁者に対し、「あそこに名前が出ている企業なら安心だ」という心理的な参入障壁を取り除けるのであれば、そのROI(投資対効果)は決して低くはないはずです。
事例1「インパクト型」:自社のキラーコンテンツや商品をそのまま施設名に
企業名よりも、特定の「商品名」や「サービス名」の方が世間に広く浸透しているケースは少なくありません。マーケティングにおいて、すでに認知されているキラーコンテンツの資産価値を最大限に活用することは、費用対効果を高めるための鉄則です。
ネーミングライツにおいても、あえて社名を前面に出さず、主力商品名を冠することで、強烈なインパクトと親近感を同時に獲得する戦略が見られます。B2Bマーケティングにおける「プロダクトレッドグロース(製品主導の成長)」の考え方にも通じる、製品のブランド力をテコにした事例を見ていきましょう。
ちゅ~るスタジアム清水(静岡県清水庵原球場)
猫用おやつとして圧倒的な知名度を誇る「CIAO ちゅ~る」。その製造元であるいなば食品株式会社は、静岡市にある清水庵原球場のネーミングライツを取得し、「ちゅ~るスタジアム清水」と命名しました。
このネーミングの秀逸な点は、単に商品名を置いただけではなく、テレビCMのリズムやフレーズが脳内で自動再生されるほどの強力な想起性を持っていることです。スポーツ施設という公共性の高い場所に、あえてポップで親しみやすい商品名を冠することで、「堅苦しい」という球場のイメージを払拭し、ファミリー層へのアピールにも成功しています。
企業にとっては、商品ブランドの露出を維持しながら、地元・静岡への地域貢献というCSR(企業の社会的責任)の側面も満たすことができる、非常に合理的なブランディング戦略と言えるでしょう。
参考リンク:静岡市:清水庵原球場のネーミングライツパートナーがいなば食品株式会社に決定しました
ヤマハピアノのふるさと(静岡県 天竜浜名湖鉄道 桜木駅)
静岡県西部を走る天竜浜名湖鉄道では、駅ごとのネーミングライツ(副駅名権)を販売しており、桜木駅の副駅名は「ヤマハピアノのふるさと」となっています。これは、同駅がヤマハのピアノ工場の最寄り駅であることに由来します。
ここでは単なる「ヤマハ桜木駅」ではなく、「ピアノのふるさと」という情緒的な言葉を選んでいる点に注目してください。これにより、「日本を代表する人気商品が生まれた場所」というストーリー性を付与し、ブランドの歴史や品質への信頼感を高める効果を生み出しています。
マーケターの視点で見れば、これは機能的価値(駅としての利便性)に、情緒的価値(音楽文化への貢献・歴史)を上乗せしてLTVを高める、巧みなブランディング手法です。
参考リンク:ヤマハ掛川ピアノ工場に近接する 天竜浜名湖鉄道 桜木駅の副駅名を「ヤマハピアノのふるさと」と命名 | ヤマハ株式会社のプレスリリース
登利平 桃ノ木川グランド(前橋市)
群馬県民のソウルフードであり近隣県民にとってもおなじみの「鳥めし弁当」で知られる株式会社登利平(とりへい)。同社は前橋市にある桃ノ木川グラウンドのネーミングライツを取得し、「登利平 桃ノ木川グランド」と名付けました。
この事例は、地域に根差した「食」のブランドと、市民が日常的に利用する「場所」をリンクさせることで、地域内でのマインドシェア(第一想起)を盤石にするドミナント戦略の一環として機能しています。地元住民にとって馴染み深い企業名が公共施設に冠されることは、企業への愛着(エンゲージメント)を深め、競合他社に対する参入障壁を築くことにも繋がります。
また、相場感の項目でもお伝えしたとおり、このネーミングライツの年間費用は22万円と比較的手頃であり、中小企業でも現実的に検討しやすいことも注目すべきポイントです。
参考リンク:登利平 桃ノ木川グランド
事例2「バイラル(拡散)型」:思わず人に言いたくなるSNS拡散を意識したネーミング
近年、ネーミングライツの活用法として注目されているのが、SNSでの拡散(バズ)を狙った「バイラル型」のアプローチです。単に施設名を露出させるだけでなく、「二度見してしまう」「誰かに言いたくなる」インパクトを持たせることで、広告換算価値を飛躍的に高める戦略と言えます。
B2B企業や地方企業であっても、ユーモアや意外性を戦略的に取り入れることで、全国区の知名度を獲得するチャンスがあります。ここでは、その成功事例を見ていきましょう。
髪毛黒生駅(銚子電気鉄道 笠上黒生駅)
千葉県の銚子電気鉄道にある「笠上黒生(かさがみくろはえ)駅」は、ヘアケア商品の開発・販売を行う株式会社メソケアプラスがネーミングライツを取得し、「髪毛黒生(かみのけくろはえ)駅」という愛称を付けました。
このネーミングの秀逸な点は、本来の駅名の音韻を活かしつつ、スポンサー企業の商材(スカルプケア)と完璧にリンクさせたことにあります。単なるダジャレにとどまらず、本気でふざける姿勢がネットニュースやSNSで爆発的に拡散され、多くの観光客が「髪毛黒生」の駅名看板を撮影するために訪れる聖地となりました。
予算が潤沢でない場合でも、アイデア次第でマスメディアに取り上げられるほどのパブリシティ効果を生み出せる好例です。銚子電気鉄道のようなローカル線が、全国的な知名度を獲得する原動力となりました。その後も2018年8月3日の「破産の日」に発売した「まずい棒」でもSNSを中心に話題になりました。
参考リンク:駅名が「髪毛黒生」に! 銚子電鉄の命名権が話題「これでフサフサ」
メモリー株式会社 とんがったスタイル歩道橋(愛知県東浦町)
愛知県知多郡東浦町にある歩道橋のネーミングライツです。命名権を取得したのは、ITソリューションやスーパーコンピューター開発を手掛けるメモリー株式会社。「とんがったスタイル」というフレーズは、公共施設には似つかわしくない意外性があります。
これは同社の企業理念やスタンスを表現したものであり、「他とは違う」「革新的である」というB2B企業のブランディングを、公共施設を通じて表現した事例です。通りがかる人々に対して「この会社は一体何をしている会社なんだろう?」という知的欲求を刺激し、検索行動を誘発します。
ありきたりな社名掲出にとどまらず、企業の「姿勢」や「カルチャー」を施設名に込めることで、採用活動や企業イメージの向上にも寄与する高度な戦略と言えるでしょう。
参考リンク:「とんがったスタイル」歩道橋が誕生! | とんがったスタイル! メモリーグループ
えんちゃんプリンス岬(静岡県 天竜浜名湖鉄道 西気賀駅)
静岡県の天竜浜名湖鉄道「西気賀駅」の愛称です。スポンサーは地元の遠州信用金庫で、「えんちゃん」は同金庫のイメージキャラクターです。
一見、可愛らしいキャラクター名ですが、後ろに続く「プリンス岬」という響きが独特の違和感と興味を惹きます。実はこの駅の近くにある岬は、大正時代に皇太子(後の大正天皇)が滞在したことから「プリンス岬」と呼ばれており、企業のキャラクターと地元の由緒ある通称を巧みに組み合わせたハイブリッドなネーミングとなっています。
「えんちゃん」という親しみやすさと、「プリンス」という響きの良さが相まって、地域住民に愛されると同時に、鉄道ファンの間でも話題となるユニークな駅名として定着しています。
参考リンク:「えんちゃんプリンス岬」 天浜線西気賀駅の副駅名決まる:中日新聞しずおかWeb
事例3「ラグジュアリー+ローカル型」:圧倒的ブランド力で地元のイメージアップにも貢献
ネーミングライツというと、親しみやすさやインパクトを重視する傾向がありますが、一方で「ラグジュアリーブランド」による命名権取得も増加しています。これは単なる広告露出にとどまらず、ブランドが持つ高級感や信頼性を地域そのものに付与し、双方の価値を高める高度なブランディング戦略と言えます。
B2Bマーケティングにおいても、信頼と権威性は決裁者の心を動かす重要な要素です。ここでは、圧倒的なブランド力で地域のランドマークへと変貌させた事例を見ていきましょう。
ポルシェ通り(千葉県木更津市、袖ケ浦市)
世界的な高級スポーツカーメーカーであるポルシェは、千葉県木更津市および袖ケ浦市にある市道125号線の一部区間のネーミングライツを取得し、「ポルシェ通り(Porsche Strasse)」と命名しました。これは、同エリアに開設されたブランド体験施設「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」へのアクセス道路にあたります。
単に施設名を冠するのではなく、そこへ至る公道にブランド名を冠することで、訪れる顧客に対して目的地への期待感を高めるカスタマージャーニーの一部として機能させている点が秀逸です。また、輸入車ブランドが日本の公道に名を刻むことは、日本市場への長期的なコミットメントを示すことにもなり、企業としての信頼性を強固なものにしています。
参考リンク
メルセデス・ベンツ豊橋歩道橋(愛知県豊橋市)
愛知県豊橋市は、輸入車の陸揚げ金額・台数ともに日本一を誇る三河港を擁しており、多くの海外自動車メーカーが拠点を置いています。そんな豊橋でメルセデス・ベンツ正規販売店を運営する豊橋ヤナセ株式会社が、大蚊里歩道橋のネーミングライツを取得し「メルセデス・ベンツ豊橋歩道橋」と命名しました。
多くの市民やビジネスパーソンが行き交う駅前の歩道橋に、誰もが知る高級車ブランドの名を冠することは、「輸入車の街・豊橋」という地域のアイデンティティを明確化し、郷土愛(シビックプライド)の醸成にも貢献しています。地元ディーラーにとっては、グローバルブランドの威光を借りながら地域社会との結びつきを強める、賢明なブランディング戦略の実践例と言えるでしょう。
参考リンク:愛知県のネーミングライツ導入施設一覧 - 愛知県
ハーレーダビッドソン豊橋 ブリッジ(愛知県豊橋市)
同じく豊橋市において、国道23号バイパスに架かる守下歩道橋のネーミングライツを取得したのが、ハーレーダビットソン正規ディーラーである株式会社TMCです。その名も「ハーレーダビッドソン豊橋 ブリッジ」。世界的バイクメーカーのブランド力と、地域に根差したディーラーの存在感が融合した事例です。
バイパスという交通量の多い立地にある歩道橋への命名は、ドライバーへの視認性が極めて高く、絶大な宣伝効果を持ちます。また、一企業の店舗名ではなくグローバルブランドを前面に出すことで、公共施設としての景観を損なわずに高級感を演出している点も、マーケターとして参考にすべきポイントでしょう。
参考リンク:愛知県のネーミングライツ導入施設一覧 - 愛知県
記憶に残るネーミングの基本テクニック4選
前章までにご紹介した事例は、どれも一度聞いたら忘れられない強烈なインパクトを持っていました。では、なぜこれらの名称は私たちの記憶にこれほど強く残るのでしょうか。単なる「奇抜さ」だけではなく、そこには計算されたマーケティングの要素が含まれています。
ここでは、ネーミングライツの活用はもちろん、B2Bサービスの名称やキャンペーンのキャッチコピー制作にも応用できる、記憶に定着させるための4つの基本テクニックを解説していきます。
ギャップを狙う
公共性の高い施設と、ユニークな企業名や商品名を組み合わせる手法は、見る人に強い違和感とインパクトを与えます。本来であれば「厳格であるべき場所」に「親しみやすい言葉」や「意外性のある単語」が掛け合わされることで、認知的な不協和が生じ、人の注意を惹きつけるのです。
「お堅いイメージ」と「柔らかい言葉」のギャップは、脳に強い刺激を与え、短期記憶から長期記憶への定着を強力に促します。
ビジネスの現場においても、堅実な業務効率化ツールにあえてキャッチーな愛称をつけることで、現場担当者の心理的な導入ハードルを下げる効果が期待できるでしょう。
リズム・語呂を整える
口に出して読みたくなる「リズム感」は、認知を拡大させる上で極めて重要な要素です。日本人が好む七五調や、4文字・3文字といった収まりの良い音数(モーラ)を意識することで、名称は格段に覚えやすくなります。
声に出した時の心地よさは、SNSや日常会話での口コミ(Word of Mouth)を誘発し、広告費をかけずとも自然な拡散を生み出す原動力となります。
複雑で長い正式名称よりも、リズミカルな略称や愛称の方が社内で定着しやすいのと同様に、施設名においても「呼びやすさ」は愛されるための必須条件といえるのです。
+地名で地元民の愛着を向上させる
企業のブランド名を前面に出しつつも、元の地名や地域特有の要素を巧みに残すテクニックです。これは単なる名称変更ではなく、地域社会という重要なステークホルダーへの配慮を示すことにもつながります。
地域名を組み込むことは、地元住民のプライドを尊重し、反発を招くリスクを回避しながら「自分たちの場所」という当事者意識を醸成する効果があります。
B2Bマーケティングにおいて、顧客企業の文化や現場の文脈に寄り添う姿勢が信頼獲得につながるように、ネーミングライツにおいても「独りよがりにならない」共存共栄のバランス感覚が、長期的なブランディング成功の鍵を握っています。
擬音・シズル感を入れる
商品の特徴や魅力を直感的に伝えるオノマトペ(擬音語・擬態語)を取り入れる手法です。「ちゅ~る」のような音が持つ独特の響きは、理屈を飛び越えて脳へ直接訴えかける力を持っています。
言語的な意味理解よりも先に感覚的なイメージを伝達できるため、子供から高齢者まで幅広い層に対し、瞬時にブランドの世界観を刷り込むことが可能になります。
論理的な説明が必要なB2B商材であっても、直感的に「何ができるか」を想起させる音の響きをネーミングに取り入れることは、数ある競合製品の中から選ばれるための強力なフックとなるでしょう。
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ネーミングライツ契約の注意点とリスク
ネーミングライツは企業にとって強力なブランディング手段となりますが、その一方で、契約や運用において特有のリスクも存在します。特にB2Bマーケターが決裁者に提案を行う際には、メリットだけでなく、これらのリスクとその回避策を提示することが、企画の実現性を高める鍵となります。
予期せぬ不祥事による「レピュテーションリスク」の連鎖
最も警戒すべき点は、企業または施設側の不祥事によってブランドイメージが損なわれるレピュテーションリスク(評判リスク)の連鎖です。万が一、ネーミングライツを取得した企業が不祥事を起こした場合、施設名として企業名が掲げられていることで、ニュース報道などを通じてネガティブな印象が広まる恐れがあります。
逆に、施設側(自治体や運営団体)で管理不備や事故が発生した場合、スポンサー企業のブランドまで巻き添えになる可能性も否定できません。そのため、契約書には双方の「信用失墜行為」があった場合の契約解除条項(不祥事条項)を明確に盛り込み、即座に看板を撤去できる権利や損害賠償について定めておくことが不可欠です。
地域住民の反発と「ブランド毀損」の可能性
地域に深く根付いた施設であればあるほど、名称変更に対する住民の抵抗感は強くなります。過去には、歴史ある「市民球場」などの名称が企業名に変わることに対し、住民からの反対運動が起き、導入が見送られたり、企業が批判の矢面に立たされたりした事例もあります。
地域貢献(CSR)の一環として投資したにもかかわらず、かえって企業のブランド価値を毀損する結果になっては本末転倒です。このリスクを避けるためには、以下の対策が有効です。
- 正式名称を残しつつ「愛称」としてネーミングライツを導入する
- 契約前に住民への説明会やパブリックコメントを実施し、合意形成を図る
- 施設名に「地域名」や「施設機能(スタジアム、ホール等)」を必ず残す
契約料以外の「隠れコスト」とROIの測定難易度
ネーミングライツの費用は、年間の契約料だけではありません。契約開始時の看板設置工事費、パンフレットやWebサイトの修正費、そして契約終了時の原状回復費用(看板撤去費など)は、多くの場合スポンサー企業の負担となります。これらの「隠れコスト」を含めた総額で予算を組む必要があります。
また、B2B商材の場合、スタジアム名が変わったからといって、即座に製品の受注につながるわけではありません。Web広告のようにクリック数やコンバージョンで成果を測ることが難しいため、ROI(投資対効果)の算出が困難という課題があります。メディア露出換算額をKPIに設定するか、あるいは「採用活動への効果」や「社員のエンゲージメント向上」など、多面的な評価軸をあらかじめ決裁者と握っておくことが重要でしょう。
まとめ:ネーミングライツから学ぶ「記憶に残る」仕掛け
本記事では、ネーミングライツが単なる広告枠を超え、企業と地域をつなぐ強力なコミュニケーションツールであることを解説してきました。「ちゅ~るスタジアム」や「ポルシェ通り」といった事例が示すように、記憶に残るネーミングには、ギャップや地域への愛着といった戦略的な仕掛けが不可欠です。これらの成功法則を、ぜひ今後のブランディングやマーケティング活動における、愛される名前作りのヒントとして役立ててください。

