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第1回 マーケティングって何だろう?~レベルの異なるマーケティングの区分と解釈~ 花王・廣澤連載

2024.1.24
読了まで約 17

マーケティング」とは何か?と問われた時、即座にその明確な回答を示すことは難しいと感じる方が多いのではないでしょうか。

その理由は様々ありますが、大きな理由の一つに「マーケティング」という言葉の概念や含有している現象が非常に広く、かつ、その概念自体に様々な階層(レベル)が存在しているという点が挙げられます。

その結果、巷には“○○マーケティング(あるいはマーケティング○○)”といった言葉が溢れ返り、学術的に概念的整理の行われている言葉と、マーケティングに関するコンサルやソリューションを商売としている人々によって造られた言葉が混在しています。

例を挙げ出すと枚挙にいとまがありませんが、「デジタルマーケティング」「SNSマーケティング」「WEBマーケティング」「動画マーケティング」「インフルエンサーマーケティング」「バズマーケティング」「データドリブン・マーケティング」「ニューロマーケティング」などなど・・・思いつくままに並べても、まだまだ出てきそうですね。

様々ある“○○マーケティング”などの言葉は、扱っている事象や概念のレベルがそれぞれ異なっており、マーケティング未経験者や初学者を惑わす原因にもなっています。さらに厄介なことに、全ての言葉の意味は明確に区別されているわけではなく、共通している部分もあれば、同じように見えて微妙にニュアンスが異なるものもあります。

今回は、「マーケティングって結局何なの?」と感じている方々へ、マーケティングの基本的な定義の確認と、理解しておくべきマーケティングという概念の階層(レベル)、その中でも初回である今回は、経営としてのマーケティングという観点について説明します。

マーケティングって何だろう~近代のマーケティング概念が成立するまでの軌跡を概観する~

欧米におけるマーケティングの成立と発展

マーケティングの定義そのものの議論に入る前に、まずはマーケティングというものがどういう経緯で成立してきたのか、近代的なマーケティングが成立するまでの歴史的変遷を概観することで、マーケティングの背景について確認してみましょう。マーケティングの歴史や変遷にあまり興味がないという人は、この節は読み飛ばして次の節から読んでください。

マーケティングの成立時期や成り立ちの軌跡については諸説あり、マーケティングというものをどの粒度や文脈でとらえるかによって“成立”の捉え方も変化しますi 。この記事では、主に20世紀初頭以降の近代工業化を起点に記述したいと思います。

一般的には、1908年の米国でのT型フォードの誕生と自動車産業の確立を契機として、大量生産・大量消費の工業化が加速していった時代が、現象あるいは活動としてのマーケティングの萌芽であると言われています。

一方、学問としてのマーケティングは、20世紀前半、企業家であり経営学論者でもあったA, W. Shaw(1912; 1915; 1916)や、P&G社やGeneral Foods社などを渡り歩いたR, S. Butler(1914; 1917; 1925)といった実務家が、自身の経験などを基に確立した理論が嚆矢であるとされています。

また、経営学という学問も本格的に成立したのは、一般的にFrederick W. Taylorが発表した『科学的管理法』(Taylor, 1911)以降であるとされており、奇しくも1910年~1920年代という時代は、経営やマーケティングが実践と理論の双方で非常に発展した時期であると言えます。

しかし、同時期に胎動を始めた経営学とマーケティングは、どちらも実際の企業活動に焦点を当てた学問でありながら各々の重視点は異なっています。例えば、Taylorの科学的管理法は、主に工場や工場労働者の作業プロセスを客観的かつ科学的に分析することで、効率や生産性を高める管理の在り方、すなわち生産マネジメントに焦点を置いていました。

Taylorの科学的管理法以降、G, E. MayoやF, J. Roethlisbergerといった経営学者らが主導したホーソン研究(1927-1932)や、組織論のパイオニアであるChester, I. Barnardが1938年に発表した『経営者の役割』、March & Simon(1958)の『オーガニゼーションズ』などの研究成果によって、経営学は生産マネジメントから組織や人の問題までその領域を拡大し、1960年以降にはH, I. AnsoffやA, D. Chandler、Michael Porterといった世界を代表する経営学者らによって近現代の経営戦略論が確立していきますii

一方で、Shawは製品の流通や販売の構造、あるいは、企業としての販売管理に注目しており、企業の販売活動の合理化といった問題を中心に扱い、Butlerは製品開発の管理方法や販売管理方法、キャンペーンの設計といったより実務的なマーケティング活動に軸足を置いています。ShawやButlerの時代では、現代的なメディア(テレビやラジオ、雑誌など)がまだ普及しておらず、基本的には製造(Manufacturing)と配給(Distribution)に関する問題を中心に取り扱っていますiii

ShawやButlerといった実務家の論理がマーケティングメソッドとして広く浸透し、のちに学問や科学としてのマーケティング研究も活発化していきました。1959年には経営学者Neil, H. Bordenが、マーケティング活動を遂行するために製品開発から販売や広告に至るまで、様々な手段を組み合わせることを「マーケティング・ミックス」と称し、マーケティングは統合的な活動であることを示しています。

さらに同時期の1960年には、マーケティング研究者であるE, J. McCarthyが有名な4Psのフレームワークを提唱しました。McCarthyによる整理以降、一般的に、マーケティング・ミックスとは、4Ps(Product, Price, Place, Promotion)によって構成されるマーケティングの統合的な管理のことである、とされていますiv。4Psは当時の製造業のマーケティング業務で管理している項目を簡潔に分類した枠組みだったため、世の中に広く受け入れられました。そのため、現代でも4Psは多くのマーケティング初学者が最初に教わる枠組みの一つです。

ちなみに、マーケティング・ミックスや4Psといった概念について、マーケティング従事者の中には「近代マーケティングの父」と称されるPhillip Kotlerが提唱したと勘違いされている方が非常に多くいらっしゃいますが、上記の通り、Kotlerはこれらの概念の生みの親ではありません。Kotlerの最も偉大な功績は、1967年に出版された『マーケティング・マネジメントv』で様々な領域に拡大・細分化しつつあったマーケティングの実践と理論を体系的にまとめあげ、それを学術と実務の両方の世界で広く浸透させたことです。すなわち、Kotlerはマーケティングという学問と実践にまたがる当時の知識を網羅的・体系的に編集した人物であると言えます。

ここまでは、現代でもビジネスパーソンから学者、学生に渡るまで広く読まれているKotlerの『マーケティング・マネジメント』に至るまでの簡単な経緯を確認してきました。

既述の通り、マーケティングの基礎とされている4PsやSTPといった整理や、マーケティングに関係する様々な概念はKotlerによってある程度は体系化されています。しかも、『マーケティング・マネジメント』は定期的にその内容が改定されており、その上、Kotlerが「マーケティングX.0」といった書籍を度々出版していることからわかるように、マーケティングの分野は今現在も拡大・深耕し続けています。

したがって、マーケティングという分野の全ての知識を網羅的に理解することは現実的には難しいかもしれません。しかし、マーケティング初学者がマーケティングの実践と理論について、ある程度、体系的に理解したいと考えるならば、文量が多すぎて辛いと思いますが、まずはKotlerの最新の『マーケティング・マネジメント』を通読し、理解しきれなかった部分を何度も読み返すことをお勧めします。

なお、近年のマーケティング研究の発展とその研究成果については、また別の機会に触れたいと思います。

日本国内におけるマーケティングの発展

余談になりますが、ここまで米国におけるマーケティングの大まかな変遷を記述してきたので、一応、日本国内はどうだったのか簡単に触れておきましょう。この項では、国内のマーケティング論そのものの展開や内容ではなく、国内における歴史的な出来事や日本を代表する企業の創業時期などを確認することで、日本におけるマーケティング発展の背景を大まかにつかむことを目的としていますvi

日本は1853年のペリー来航をきっかけとして、1868年の「大日本国西班牙(スペイン)国条約書」を結び本格的に開国していくこととなりますが、その後、第二次世界大戦の終戦までの日本は、基本的に世界との戦争の時代と言っても過言ではありません。

先述のように、1908年のT型フォード誕生をきっかけに米国では大量生産・大量消費を行う大規模な製造業が確立されていきました。一方で、当時の日本は1894年の日清戦争や1904年の日露戦争、1914年の第一次世界大戦など、10年単位で戦争を繰り広げている時代です。この時代の日本は明治政府が「富国強兵」を掲げ、中央集権化する動きが強かったこともあり、欧米諸国のように民間企業が独自に発展・成長していくような土壌は整っていなかったと言えるでしょう。

しかし、日本がそのような戦いの気運にありながらも、現代でも日本を代表するようないくつかの企業が産声をあげます。例えば、1872年には福原有信氏が民間初の洋風調剤薬局「資生堂」を創業していますvii。他には、1899年に鳥井信治郎氏が鳥井商店(現サントリーホールディングス株式会社)を創業viii、手前味噌ながら、筆者の勤める花王株式会社も、創業者である長瀬富郎が花王の前身となる長瀬富郎商店を1887年に創業し、1890年には花王を代表する製品である花王石鹸を世の中に送り出しています。このように、日本でも19世紀末から20世紀初頭にかけては、化粧品や酒といった現代にも続く消費財製造業の萌芽が始まっていたのですix

こうした製造業の萌芽の一方で、日本では流通産業もメディア産業もこの当時はまだまだ未発達でした。

日本国内の流通の本格的な発展は、1920年代から1930年代に百貨店が急速に普及することで、日本の近代的小売業の基盤を築いたことに始まります。しかし、この頃はチェーンストアのような近代的な小売業態とは程遠く、販売網の広さとしてはまだまだ限定的でした。全国におよぶ巨大な現代的販売網は、1960年代から70年代にかけてスーパーやコンビニエンス・ストアといった新たな小売業態の台頭によって確立したとされています(平野, 2005)。

一方、国内のメディア環境に関しては、1920年代にラジオ放送が開始され、1940年代は新聞社の統合により全国の新聞網を整備、1950年代にはNHKと日本テレビによるテレビ放送の開始や、週刊誌という出版形式の定着による雑誌という文化の広がりといった形で段階的に発展していきました(吉見・水越, 2004; 水越, 2014; 土屋, 2017; 佐藤, 2018)。

このような戦後から1970年代にかけての巨大な販売網やメディアの普及が大衆消費を促し、消費財を筆頭とする製造業は流通やマスメディアの力を借りることで飛躍的な成長を実現してきました。

かく言う花王も、当時、花王製品専門の卸である最初の販社を1966年に設立しx販売網を強化するとともに、1970年~80年代にかけては現在も多くの方に利用いただいている「メリット」「マジックリン」「ロリエ」「ビオレ」「ソフィーナ」「アタック」といったブランドを立て続けに展開し、複数のカテゴリーにまたがるマーケティング・マネジメントを実践することで躍進的な成長を実現していますxi。こうした花王の成長を支えた元花王会長の佐川幸三郎は、1992年に発表した著書『新しいマーケティングの実際』の中で、この時代のマーケティングの実態について以下のように語っています。

「1920年代の「工業化時代」の初期の頃にマーケティングというコンセプトが開発され、初めは生産志向、次いでは販売志向へと移ってはいったが、いずれにしても生産者を主体にして、マスプロダクションからマスセールス、さらには消費者へ大量に商品やサービスを流すことを支援する経営技術として理解されてきたと考えられる。その頃、急速に発展してきたマスメディアを利用した広告や販売促進技法、あるいはそれらに関わる調査技術などが、当時のマーケティングの実態であった。」(佐川, 1992, pp.50-51)

以上から、日本における近現代のマスマーケティングは、第二次世界大戦後に米国からマーケティング概念を輸入し、上記のような流通やメディアの環境の発展とともに1950年代から1970年代にかけて段階的に確立されていったと言えます。また、佐川(1992)は、1970年代以降、マーケティングは社会のレベルのシステム技術として把握されるようになったと指摘しています。

ここまでは近代のマーケティングが成立するKotler(1967)以前の大まかな流れや、日本国内におけるマーケティング成立の背景となる出来事について述べてきました。次の項では、佐川(1992)の指摘も念頭に入れながら、現代におけるマーケティングの定義について、AMA(American Marketing Association)の定義を軸に確認していきたいと思います。

関連記事:
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4Pとは?マーケティングにおける4つの重要な戦略

マーケティングの定義

第1節で記したように、マーケティングの成り立ちには様々な背景があります。特に、1960年~1970年頃の欧米におけるマーケティング論の体系化や、国内における近代的な流通網の確立に至るまでは、基本的に生産(製造)のマネジメントや販売マネジメント(セールスマンシップ論や販売管理論)がマーケティングにおける中心的な論点となっていました。

技術や社会の発展に伴い、マーケティングの扱う現象は拡張され、マーケティング論における論点も拡大しています。それに伴い、マーケティングそのものの定義も時代に合わせて変化してきました。マーケティングに関する団体は国内外に様々に存在しておりますが、その中でも最もオーソライズされていると言える団体の一つがAMA(American Marketing Association)ですxii。AMAは、これまでマーケティングの定義について何度か改定を行っており、以下はその一覧表です【表1】。

発表年 原文 日本語文
1948年 / 1960年 Marketing is the performance of business activities that direct the flow of goods and services from producer to consumer or user. マーケティングとは、生産者から消費者または使用者に向けて製品およびサービスの流れを方向づけるビジネス活動の遂行である。
1985年 Marketing is the process of planning and executing the conception, pricing, promotion, and distribution of idea, goods, and services to create exchanges that satisfy individual and organization objectives. マーケティングとは、個人や組織の目的を満たす交換を創造するために、アイデア、製品、サービスの概念化、価格づけ、プロモーション、流通を計画し実行するプロセスである。
2004年 Marketing is an organizational function and asset of processes for creating, communicating, and delivering value to customers and for managing customer relations in ways that benefit the organization and its stakeholders. マーケティングとは、顧客に対して価値を創出し、伝達し、提供し、また組織とそのステークホルダーに利益をもたらすやり方で顧客関係を管理するところの、組織的機能であり、一連のプロセスである。
2007年 / 2013年
2017年承認
Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large. マーケティングとは、顧客、得意先、パートナー、そして社会一般にとって価値ある提供物を創造し、伝達し、交換する活動であり、一連の制度であり、プロセスである。

【表1】 AMAによるマーケティングの定義, 高広・藤川(2016)『一橋ビジネスレビュー』 より引用、一部加筆

表1を見てわかるように、1948年に発表された当初のマーケティングの定義は「製品やサービスの流れ」を強調した定義となっており、すでに説明したようにマーケティングを販売として捉える見方が強いように思います。その後、1985年の定義では、いわゆる4Psを意識したマーケティング・ミックスや組織としての統合的なマーケティング業務のマネジメントという意識が強まっています。2004年に発表された定義では、その軸足を価値の創出と提供およびそれを管理する一連のプロセスという表現に修正され、それまでの定義と比較して、扱っている対象がさらに拡大しています。

2007年に発表され、2017年に承認された定義が2024年1月時点で最新の定義になるわけですが、こちらの定義においては、マーケティングをより社会的なものとみなしているように捉えることができます。

また、高広・藤川(2016)は、マーケティングの定義の中で注目すべきポイントとして、2004年発表までの定義は企業や組織といった売り手を主語として捉える定義だったのが、最新の定義においては主語がなくなっている点を挙げています。これの意味するところとして、最新のマーケティングの定義においては、マーケティングは企業が主体であり、顧客が客体であるという関係性に限定されなくなっており、買い手である顧客側もマーケティング活動を担う存在として捉えるようになったと高広・藤川は指摘しています。

ちなみに、佐川(1992)も「消費者志向のマーケティングという考え方は、既に1930年頃からあったが、それは所詮、メーカーの視座から見た考え方であったことは、1960年のAMAのマーケティングの定義から見ても確かである」と、1990年代当時でマーケティングの捉え方が生産者視点に偏っていることを言及しています。

このように、マーケティングの定義は時代と共にその概念自体が変化しています。最新の定義では、上記の通り単なるモノづくりやモノ売りという概念を超えて、社会の中での様々な行為主体による相互作用そのもの、それら諸々の活動の総体をマーケティングとして捉えていると考えられます。

マーケティングの扱う事象や概念が拡張しているとするならば、巷にあふれる“○○マーケティング(あるいは、マーケティング○○)”もその全てが間違っているといは言えないかもしれません。

しかし、巷の“○○マーケティング”の多くは、そのほとんどがマーケティング・マネジメントの中の、そのまた一部のオペレーションレベルの話を指していることが多分にあります。次節では、マーケティングを経営や戦略として捉えるもの、事業や部門単位のマネジメントとして捉えるもの、日常の実務として捉えるものといった3つの階層について説明します。

関連記事:日本マーケティング協会とは? ~協会が定めるマーケティングの定義について

マーケティング=経営?~マーケティング概念のレベルの違いとマネジリアル・マーケティングの特徴~

マーケティングとは何か?という問いに対して、歴戦のマーケティング実務家や経営者は「経営そのものである」と回答される方が多いと思います。例えば、2024年1月現在、株式会社ファミリーマートのCMO(Chief Marketing Officer)を務められている足立光氏は、取材やご自身の著書の中で「マーケティングとは商売である」と言及しています。

このように、マーケティングというものを経営そのものとして捉える考え方を「マネジリアル・マーケティング」と呼びます。マーケティング学の中では「経営者的マーケティング」と訳されることも多いです(森下・荒川, 1966; 橋本, 1968; 1973; 1975)。他方、「マーケティング・マネジメント」は直訳すると「マーケティング管理」です。

マーケティング・マネジメントという単語を聞いたことのある人は多くいるかと思いますが、マネジリアル・マーケティングという言葉はあまり一般にはなじみのない言葉かもしれません。両者の違いはどこにあるのでしょうか。

結論から言えば、マネジリアル・マーケティングというのは、企業の戦略そのものをマーケティングと捉え、経営者による意思決定を伴うものです。

一方、マーケティング・マネジメントというのは、マーケティング部門やその他の機能別部門が行っているマーケティング活動やマネジメント業務のことを指します。また、部門の下に属する部署やチーム、担当者レベルが行っている日々のマーケティング業務はマーケティング・オペレーションズと呼びますxiii

例えば、Kotler et al.(2021)ではこうしたレベルの違いについて、「一般的に、マーケティングの計画とマネジメントは、企業、事業部単位、特定の市場提供物の3つの異なるレベルで行われる。企業本部は、企業全体の指針となる企業戦略プランを設計する責任があり、各事業単位にどれだけの資源を配分するか、またどの事業を始めるか、あるいはなくすかを決定する。各事業単位では、市場を収益性の高い将来へと導くための計画を策定する。最後に、それぞれの市場提供物には、目的を達成するためのマーケティング計画が含まれる」と言及しています。

かなり乱暴ではありますが、実務家のイメージに近づけて考えるならば、上記のKotlerらの指している企業戦略レベルはマネジリアル・マーケティング、事業計画レベルはマーケティング・マネジメント、市場提供物に関するマーケティング計画レベルはマーケティング・オペレーションズ、と考えられると思います。

いずれにせよ、重要なことは、マーケティングという概念は経営戦略レベル、事業計画レベル、業務レベルの3層にわたって存在しているということをまず認識することです。

注意しなければならないのは、業務レベルのソリューションや課題解決を“戦略”と語ってしまうことです。何度も触れているように、巷に溢れる”○○マーケティング”の大半は業務レベルのソリューションであることが多く、それは戦略ではありません。

本記事をお読みいただいている方が、日常の中でマーケティングという言葉を使うとき、ご自身がどのレベルの話をしようとしているのか、この区別を行うだけでもマーケティングというものの捉え方が変わってくるのではないかと思います。

ただ、これら3つのレベルの中で、マーケティング・マネジメントやマーケティング・オペレーションズはマーケティング実務を経験されている方であれば具体的なイメージがわきやすいかもしれませんが、マネジリアル・マーケティングのような経営レベルのマーケティング志向という概念についてはなかなかピンとこない可能性があるでしょう。

以下では、マネジリアル・マーケティングについてもう少し踏み込んで概念理解をしたい人に向けて、既存のマーケティング研究を基にその概念の特徴を確認したいと思います。

マネジリアル・マーケティングの特徴について、国内のマーケティング史や学説研究の権威である森下・荒川(1966)と橋本(1973)は次のように述べています。

(1) 従来のマーケティング論、すなわち社会経済的マーケティング論は、社会的な配給過程(process)、あるいは制度や機構(institution)を対象としていたが、マネジリアル・マーケティング論では企業の行動が問題になり、「企業経営の行動の論理」を対象とするようになった。
(2) 企業的マーケティング論内においても大きい変化と特徴を示した。すなわち、従来の単なる実行(doing)、すなわち執行的な(operative)問題から、管理的な(administrative)問題へと上昇発展した。
(3) 管理的な問題の中でも、管理領域が拡大し、部門管理から全体管理、統合管理へと発展した。すなわち、販売管理はさらにマーケティング管理となり、全企業的な管理調整問題が登場した。したがって、いまやマーケティングは従来の個別バラバラの技術とは異なり、統合的(integrated)マーケティングとなり、全体的(total)マーケティングとなったのである。
(4) 管理領域の拡大に照応して、管理主体も上昇し、第一線の下級管理者から次第に上級管理者層へと進んだ。すなわちもはやセールス・マネジャーではなく、全体的管理の担当者としてのマーケティング・マネジャーが登場し、経営者のマーケティングすなわちマネジリアル・マーケティングになったのである。
(5) これにともなって、マーケティングはさらに、単なる技術ではなく、企業全体の指導理念になり、経営者の理念(philosophy)あるいは観点(viewpoint)となった。
(6) 新しいマーケティングは、製品計画だけでなく長期的経営計画、投資計画にも関連し、いまや戦略的観点のマーケティングになった。すなわち単なる実行ではなく、不確実性を含む問題解決や意思決定、特に企業の将来のコースに関する意思決定である計画策定の問題が中心課題となってきた。
[ 引用元:森下・荒川(1966)pp. 31-32. および、橋本(1973)pp. 45-46. ]

上記は学術的な書籍におけるマネジリアル・マーケティングの特徴をそのまま引用しているので、文章を読んでも理解しづらいかもしれません。重要な点は引用の中に太字で示している通りですが、以下に改めてポイントを簡潔に記します。

第一の特徴は、マネジリアル・マーケティングという概念の登場によって、経済学的な色彩が濃く社会の仕組みや構造に関する問題を扱っていたマーケティング概念が、経営的な企業の内部に関する問題へと転換したことです。

第二は、製造や販売といった諸活動について、あくまで個人の販売方法といったオペレーションナルな観点を重視していた以前のマーケティング概念に対して、マネジリアル・マーケティングはそれらをより組織的に組み合わせ統合的に管理することを重視した議論へと変化した点です。

第三は、製造管理は製造の問題、販売は販売と機能別に問題が区別されていたのが、マネジリアル・マーケティングでは、これらはすべて企業の上位職層が機能横断的に管理するべきものであるという見方に変化したことです。

これらの変化は、マーケティングというものが単なる業務管理の概念ではなく、企業の戦略に紐づく経営的意思決定の問題であるという考え方を強めました。そのため、引用の特徴(5)で示しているように、マネジリアル・マーケティングは企業の意思決定の拠り所となる理念といった問題まで含む概念となっているわけです。

本記事を読まれている方の中で、CMOなどの役職が設置されている、或いは、マーケティング部門などの組織が明確に存在し権限移譲されているような企業で働かれている人にとっては、経営レベルがマーケティング志向を持って意思決定することや、マーケティング部門が統合的にブランドや業務マネジメントを行うことについて当たり前のように思うかもしれません。

あるいは、マーケティング部門やCMOはマーケティング志向を実践しているのに、経営層がマーケティングを理解していない、すなわち自社にはマネジリアル・マーケティングの視点が欠けていると感じた方もいらっしゃるでしょう。

しかし、大企業、特に消費財を扱う大手製造業を除けば、CMOやマーケティング組織が明確に存在している企業というのは実のところあまり多くはないのです。

そのため、本記事では、まずはマーケティングというものが単なるオペレーションやHow toのようなものではなく、企業としての戦略や意思決定に関わるものであり、企業規模や事業の大小に関係なく必要なものであるということをお伝えするため、3節に渡ってマーケティングの大まかな歴史から、定義、マネジリアル・マーケティングという経営レベルのマーケティング概念について記述してきました。

今回は歴史とマーケティング概念に関する整理に重点を置いていたため、具体的なマーケティング・マネジメントやマーケティング・オペレーションズに関する記述はほとんど行っていませんが、次回からは、製造業をモデルとしながら、具体的なマーケティング・マネジメントの実際について触れていきたいと思います。

また、本記事では多くの学術研究や文献を参照しながら記事を作成していますが、学術論文ではないため、詳細を大胆に割愛している部分や、大幅に意訳している部分も含みます。そのため、今回の記事の内容に関するさらに踏み込んだ議論や、正確な説明を知りたい方は、以下に示している参考文献や学習用推薦文献の原著をお読みいただけますようお願いいたします。

関連記事:マネジリアル・マーケティングとは?基本の概念と具体例をご紹介

【 参考文献 】
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Butler, R. S., Debower, H. F. and Jones, G. J.(1914), Marketing methods and salesmanship, Alexander Hamilton Institute.
Butler, R. S.(1917), Marketing methods, Alexander Hamilton Institute.
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橋本勲(1973).『現代マーケティング論』新評論.
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Kotler, P., Keller, K., and Chernev, A. (2021), Marketing management 16e, Pearson Education Limited.(恩藏直人監訳 『コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント〔原書16版〕』 丸善出版, 2022)
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森下二次也・荒川祐吉(1966).『体系マーケティング・マネジメント』千倉書房.
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佐藤卓己(2018).『現代メディア史』岩波書店.
高広伯彦・藤川佳則(2016).「デジタルマーケティング マーケティングの民主化」『一橋ビジネスレビュー』64(2), 54-67.
土屋礼子(2017).『日本メディア史年表』吉川弘文館.
吉見俊哉・水越伸(2004)『メディア論』一般社団法人 放送大学教育振興会.

【 参考WEBサイト 】
日本化粧品工業会「資料館」
URL:http://www.tga-j.org/documents/(最終アクセス:2024年1月)
高広伯彦「マーケティングのレベルについて – #1sheetMktg」
URL:https://note.com/mediologic/n/n1a8f5937676d(最終アクセス:2023年12月)


【 学習用推奨文献 】
井上淳子・石田大典(2021).『新訂マーケティング』 一般社団法人 放送大学教育振興会.
石井淳蔵・向井雅夫(2009).『小売業の業態革新』中央経済社.
石井淳蔵・栗木契・嶋口充輝・余田拓郎(2013). 『ゼミナール マーケティング入門 第2版』 日本経済出版.
石原武政・矢作敏行(2004).『日本の流通100年』有斐閣.
沼上幹(2009). 『経営戦略の思考法』 日本経済新聞出版社.
沼上幹(2023). 『わかりやすいマーケティング戦略 第3版』 有斐閣.
田村正紀(2001).『流通原理』千倉書房.
矢作敏行(1996).『現代流通』有斐閣.

  1. マーケティングの学説史に関しては、『マーケティング研究の展開』(マーケティング史研究会, 2010)が詳しいため、興味のある方は本書をご参照ください。また、マーケティング学説の発展について、さらに踏み込んで経済学的な背景や、哲学的な思想の部分から理解したい方は『マーケティング論の成立』(橋本, 1975)や『マーケティング学説の発展 第3版』(Bartels, 1988)をご参照ください。
  2. 経営戦略論の発展とその区分などに関心のある方は沼上幹(2009)『経営戦略論の思考法』を読むことを強くお勧めします。
  3. 学術的にマーケティングを深堀りしたい方はShowやButlerの原著や訳本を読むことをお勧めしますが、実務に役立つ情報を重視される方はマーケティングの教科書に記載されているサマリーで十分です。
  4. 「マーケティング・ミックスとは、4Ps(Product, Price, Place, Promotion)によって構成される、マーケティングの統合的な管理のことである」と同様の言及を行っている書籍は多く存在しますが、Bordenが提示したマーケティング・ミックスの概念はこのように明確に4つに整理されたものではなく、マーケティング活動における諸々の活動の統合的な設計そのものを指していました。そのため、Borden(1984)では、「マーケティング・ミックスの要素リストは、マーケティング・プログラムを考案する際にマーケティング担当者が扱うマーケティング手法や方針をどこまで分類・下位分類したいかによって、長くも短くもなる」(Ibid, pp. 9.)と記されています。McCarthy(1960)が4Psの概念を導入したことで、上記のような「マーケティング・ミックス=4Psの管理」という解釈が広がり、今ではこちらの方が一般的な解釈となっています。
  5. 本記事を執筆している2024年1月時点では、すでに第16版まで出版されている。
  6. 日本国内におけるマーケティング学説史の類型などを知りたい方は野村(2023)を、商業学の成立から配給論を経て現代マーケティング論に至るまでの国内マーケティング学説史の詳細を知りたい方は、マーケティング史研究会(2014).『マーケティング学説史[日本編]増補版』同分館出版.を参照。
  7. 株式会社資生堂ホームページ「会社概要:歴史」https://corp.shiseido.com/jp/company/history/index.html(最終アクセス:2024年1月)
  8. サントリホールディングス株式会社ホームページ「サントリーの歴史」https://www.suntory.co.jp/company/history/(最終アクセス:2024年1月)
  9. なお、20世紀後期の日本の急激な経済成長を支えた電機産業や自動車産業を代表する日本企業の多くはおおよそ1920年頃~1940年代にかけて創業しています。例えば、1918年:松下電気器具製作所(現パナソニックホールディングス株式会社)創立、1921年:三菱電機株式会社創立、1933年:豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)内に自動車部門を設立、1935年:富士通信機製造株式会社(現富士通株式会社)創立、1946年:東京通信工業(現ソニーグループ株式会社)創立など。詳細は各社ホームページの社史および沿革を参照。
  10. 花王株式会社ホームページ「会社の歴史」https://www.kao.com/jp/corporate/purpose/history/company-history/(最終アクセス:2024年1月)
  11. 花王株式会社ホームページ「製品の歴史」https://www.kao.com/jp/corporate/purpose/history/products-history/(最終アクセス:2024年1月)
  12. AMA以外の団体が提唱しているマーケティングの定義について確認したい方は片山(2009)を参照してください。
  13. こうした各概念のレベルについて、高広伯彦氏がnoteにわかりやすい図でまとめていますので、興味のある方は下記のURLを参照ください。https://note.com/mediologic/n/n1a8f5937676d

執筆者

廣澤 祐

廣澤 祐(ひろさわ ゆう)

花王株式会社 DX戦略部門 インタラクティブプラットフォーム統括センター

2015年に花王株式会社に入社。デジタルマーケティングの分野でキャリアを積んだ後、化粧品ブランドのマーケティング業務に従事。2021年より同社のDX戦略部門において、デジタル技術の導入と活用を推進。

2020年より公益社団法人日本アドバタイザーズ協会のデジタルマーケティング研究機構U35プロジェクトの幹事を務め、業界の若手リーダーとしての活動も行う。2021年には一橋大学大学院経営管理研究科(MBA)を修了し、現在は同大学院の博士後期課程に在籍、MOTの研究に携わる。

Advertising Week AsiaのAdvisory Councilのメンバーとしても活動し、各種カンファレンスへの協力、講演、寄稿などを通じて、デジタルマーケティングやDXの分野で広範な影響を与えている。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

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