売上高や指名検索数などで圧倒的な差があるリーダー企業に、同じ予算で挑んでも勝機はありません。しかし、顧客の脳内にある「相談のスイッチ」を先回りして設置できれば、話は別です。BtoBマーケティングにおける真の勝負は、広告の露出量ではなく「顧客が悩みを感じた瞬間に、誰の顔が真っ先に浮かぶか」で決まります。
そこで、市場シェアで劣勢に立たされている後発・追随企業が、わずかなリソースで逆転するための鍵――CEP(カテゴリーエントリーポイント)戦略を解説します。圧倒的な知名度の壁を突き崩し、特定の購買シーンで「第一想起」を独占するための具体的戦術を、成功事例と共に紐解いていきます。
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CEP(カテゴリーエントリーポイント)とは何か
この章では、後発・追従企業が市場でのポジションを確立するために不可欠な「CEP」の概念について、その定義から、関連する重要な考え方を解説していきます。
CEPの定義:記憶の入口
CEPとは、Category Entry Point(カテゴリーエントリーポイント)の略称で、顧客があるカテゴリーの製品やサービスを必要だと感じたり、購入を思い立ったりする「きっかけ(状況・目的・感情)」を指します。
この概念は、南オーストラリア大学のバイロン・シャープ教授が著書『How Brands Grow: What Marketers Don't Know』(邦題:ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11)の中で提唱したもので、現代マーケティングにおける基礎理論の一つとされています。
たとえば、「のどが渇いた」という状況は清涼飲料水のCEPです。BtoBサービスであれば、「急な人員の離職で採用を急がなければならない」「既存広告の効果が落ちているので新しい広告を探さなければならない」といった業務上の切実な「困りごと」がCEPにあたります。
つまりCEPとは、顧客の頭の中に存在する、特定の「場面」と特定の「ブランド」を結びつける記憶の入口そのもののことです。
メンタル・アベイラビリティ(精神的な買いやすさ)
CEPと密接に関わるのが、「メンタル・アベイラビリティ」という概念です。これは「精神的な買いやすさ」とも訳され、ある購買状況(CEP)において、いかにそのブランドが顧客の記憶から容易に引き出されるかの度合いを示します。 メンタル・アベイラビリティが高いブランドは、顧客が何かを必要とした時に、真っ先に頭に思い浮かぶ選択肢となります。
BtoBにおいてもこの概念は重要であり、特定のビジネス課題(法改正やシステム刷新など)に直面した際、いかに「検討候補(ロングリスト)」の筆頭として想起されるかが、受注率を左右する大きな鍵となります。
このメンタル・アベイラビリティは、もう一つの重要な概念である「フィジカル・アベイラビリティ(物理的な買いやすさ)」と対をなします。 いくら顧客の頭の中にブランドが思い浮かんでも、営業担当者とすぐに連絡が取れなかったり、導入プロセスが複雑で時間がかかりすぎたりすれば、 最終的な成約にはつながりません。
CEP戦略とは、この両輪のうち、特にメンタル・アベイラビリティを高めるためのアプローチと言えます。
<BtoB版アベイラビリティの概念図>
| 概念 | 意味 | 役割 |
|---|---|---|
| メンタル・アベイラビリティ(精神的な買いやすさ) | 特定のビジネス課題(CEP)に直面した際、ブランドを「真っ先に思い出す」こと | 顧客の記憶に深く刻まれ、コンペやRFP(提案依頼書)の筆頭候補に入ること |
| フィジカル・アベイラビリティ(物理的な買いやすさ) | 顧客が導入を検討した際、「スムーズに契約・導入」できること | 営業チャネルの広さや、見積・契約プロセスの簡便さ、既存システムとの親和性を確保すること |
「想起のスイッチ」を設置する

CEPをより直感的に理解するために、「想起のスイッチ」という言葉で考えてみましょう。顧客の頭の中には、日常生活や業務における様々な「状況」や「課題」に対応した、無数のスイッチが存在します。そして、それぞれのスイッチが押された時に、どのブランドのライトが点灯するか(=想起されるか)が、企業のマーケティング活動によって決まります。
たとえば、以下のようなスイッチが考えられます。
- 「急な出張で、今夜泊まるホテルを探したい」というスイッチ → ビジネスホテル予約サイトのブランドが点灯
- 「チーム内の円滑な情報共有に課題を感じる」というスイッチ → ビジネスチャットツールのブランドが点灯
- 「見栄えの良いプレゼン資料を短時間で作りたい」というスイッチ → デザインツールのブランドが点灯
マーケターの役割は、自社ブランドが対応できるCEPを特定し、広告やコンテンツを通じてそのCEPとブランドの結びつきを繰り返し訴求することで、顧客の脳内に「自社ブランドのライトが点灯する想起のスイッチ」を一つでも多く設置し、その反応を強めていくことにあります。
BtoBにおけるCEPの特定方法(W'sフレームワーク)
この章では、BtoBビジネス特有の複雑な購買プロセスの中で、顧客が自社の製品やサービスを思い浮かべる「きっかけ」となるCEP(カテゴリーエントリーポイント)を、どのように特定していくのかを解説します。
闇雲にアプローチするのではなく、顧客の購買行動が始まる「瞬間」を体系的に捉えることで、マーケティング活動の精度を飛躍的に高めることが可能になります。そのために有効なのが「W'sフレームワーク」です。
When(いつ): 法改正、予算編成期、組織改編、トラブル発生時
顧客が「新しいソリューション・サービスが必要かもしれない」と考え始めるタイミングは、特定のイベントや時期に集中する傾向があります。BtoBにおいて、この「いつ」を捉えることは、競合他社に先んじてアプローチするための重要な鍵となります。
きっかけとなる代表的なタイミング
BtoBにおける代表的な「When」は、社内外の環境変化によって生まれます。これらは、企業が既存の業務プロセスやツールを見直さざるを得ない強力な動機付けとなります。
| きっかけ (When) | 顧客の心理・行動 |
|---|---|
| 法改正・制度変更 | (例:インボイス制度、改正電子帳簿保存法、個人情報保護法改正など)対応しないことのリスクが明確なため、情報収集を急ぐ。「対応済み」という安心感を求めており、実績のあるサービスを探す傾向がある |
| 予算編成期・事業計画策定期 | 次年度の投資対効果(ROI)を最大化するため、新規ツールの導入や既存システムのリプレイスを検討する。コスト削減や生産性向上につながる具体的な数値を求める |
| 組織改編・人事異動 | 新しい担当者や責任者が着任し、前任者のやり方を刷新しようとする。自身の成果を示すため、新しい取り組みに積極的になることがある |
| システム障害・セキュリティインシデント発生時 | 既存システムの脆弱性や限界が露呈し、緊急で代替案を探す必要に迫られる。安定性や信頼性、サポート体制を最重要視する |
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Why(なぜ): 既存手法の限界、コスト削減圧力、上司からの指示、競合他社の成功事例を見た時
顧客が具体的な行動を起こす背景には、必ず「なぜ」という動機が存在します。この動機を深く理解することで、より顧客の心に響くメッセージを投げかけることができます。
バリュープロポジションキャンバスによる「Why」の構造化
この「なぜ(動機)」をより解像度高く捉えるために有効なのが、バリュープロポジションキャンバス(VPC)の視点です。顧客が置かれている状況を以下の3つの要素で分解し、CEPとの接点を明確にします。
-
顧客のジョブ(Jobs): 顧客が本来成し遂げたい業務や目的。これが発生した瞬間こそが、ブランドを思い出すべき「タイミング」となります。
-
ペイン(Pains): 現状の課題、リスク、あるいは上司からの圧力といった「避けたい痛み」。「このままではまずい」という強い切迫感が、検索や問い合わせの「トリガー」となります。
-
ゲイン(Gains): 導入によって得られる成果や、周囲からの評価といった「期待する利得」。「こうなりたい」という理想の状態とブランドが結びつくことで、選定の「決定打」となります。

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購買検討を始める主な動機
動機は、現状への不満や課題といった「ペイン」の解消から、将来の成長に向けた「ゲイン」の追求まで多岐にわたります。VPCを用いて、顧客自身も言語化できていない潜在的な課題を掘り起こし、それを自社ブランドと強力に結びつけることこそが、BtoBにおけるCEP戦略の核心です。
| 動機 (Why) | 根本にある課題・ニーズ |
|---|---|
| 既存手法・ツールの限界 | 事業の成長に既存のExcel管理や手作業が追いつかなくなった。「もっと効率化したい」「属人化を解消したい」という強い課題意識がある |
| コスト削減・生産性向上圧力 | 経営層から全社的なコスト削減や生産性向上の目標が課せられている。少ないリソースで高い成果を出すための具体的な解決策を探している |
| 上司や経営層からの指示 | トップダウンでDX推進や特定課題の解決が指示される。担当者は、指示に応えるための情報収集とソリューション選定の責任を負う |
| 競合他社や業界の成功事例 | 競合が新しいツールを導入して成果を上げていると知り、自社も乗り遅れてはいけないという焦りを感じる。「業界標準」に追随したいという心理が働く |
Where(どこで): 経営会議、展示会、通勤中のニュース閲覧、検索、SNSでの情報収集
顧客は「いつ」「なぜ」というきっかけを得た後、具体的な情報を「どこで」探すのでしょうか。BtoBサービスの購買担当者は、オンライン・オフラインを問わず、多様なチャネルで情報収集を行います。これらのタッチポイントを的確に押さえることが重要です。
情報収集が行われる主な場所
かつて主流だった展示会やセミナーなどに加え、Web検索やビジネス系メディア、専門メディア、SNSなどの重要性が増しています。顧客が課題を認識した瞬間に、その場で接触できるかが勝負の分かれ目となります。
| 接点 (Where) | 媒体の種類 | 収集する情報の種類 |
|---|---|---|
| 社内会議 | オフライン | 課題の共有、解決策のブレインストーミング。ここで名前が挙がるかどうかが第一関門となる |
| Web検索 | オンライン | 「(課題) 解決策」「(業界名) DX 事例」などのキーワードで検索。比較サイトやレビュー記事、オウンドメディアのブログなどを閲覧する |
| ビジネス系メディア・業界専門メディア・SNS | オンライン | ビジネス系ニュースメディアや業界専門メディア、SNSなどでトレンドや他社の動向を収集。専門家の発信や導入事例に触れる |
| 展示会・セミナー | オフライン/オンライン | 最新のソリューションを一覧し、複数の企業の担当者から直接話を聞く。具体的な機能や価格、導入事例を比較検討する |
With Whom(誰と): 情報システム部門と、現場担当者と、経営層と
BtoBの購買プロセスは、単独で完結することは稀です。 購買担当者、管理職、情シス、法務、経理、経営層といった複数の関係者(DMU:Decision Making Unit)が関与します。 「誰と」課題を認識し、検討を進めるのかを理解することは、アプローチを最適化する上で不可欠です。
意思決定に関与する主な関係者
それぞれの関係者は異なる立場と関心事を持っています。各ステークホルダーの「評価基準」に合わせた情報提供ができなければ、合意形成は進みません。
| 関係者 (With Whom) | 主な役割・立場 | 関心事・KPI |
|---|---|---|
| 現場の利用者 | ツールの主なユーザー。日々の業務を遂行する | 「今の業務が楽になるか」「効果が上がるか」「使いやすいか」「面倒な作業が増えないか」といった、日々の業務効率や操作性 |
| 管理職・マネージャー | チームや部門の目標達成に責任を持つ。予算の執行権限を持つ場合も多い | 「チームの生産性は上がるか」「管理コストは削減できるか」「投資対効果(ROI)は妥当か」といった、部門目標への貢献度 |
| 情報システム部門 | 全社のITインフラを管轄。セキュリティや既存システムとの連携を評価する | 「セキュリティリスクはないか」「既存システムと連携できるか」「運用・保守の工数はどのくらいか」といった、技術的要件や安全性 |
| 経営層 | 全社的な視点から投資の最終判断を下す | 「会社の競争力向上につながるか」「中長期的な経営戦略に合致するか」「ブランドイメージを損なわないか」といった、経営全体へのインパクト |
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戦略的CEP構築:リーダー企業の「隙間」を突く
市場シェアで圧倒的な優位に立つリーダー企業に対し、後発・追従企業が真っ向から勝負を挑むのは得策ではありません。限られた経営資源の中で最大の効果を上げるためには、市場シェアではなく、顧客の「記憶シェア」すなわち、特定の状況下で真っ先に思い出してもらえる存在になることが極めて重要です。
この章では、リーダー企業がカバーしきれていない「隙間」のCEP(カテゴリーエントリーポイント)を見つけ出し、自社の想起率を高めるための具体的な戦略を解説します。
全方位の認知を捨てる
リーダー企業が豊富な予算を投下してあらゆる顧客接点で認知を獲得しようとするのに対し、後発企業は自社が勝てる特定のCEPにリソースを集中させる必要があります。「何でもできる」という網羅的な訴求ではなく、「この課題解決なら、絶対に我々だ」と断言できるニッチな領域を見つけ出すのです。これは、戦力の弱い方が局地戦に持ち込み、一点突破を図る「ランチェスター戦略」の考え方に通じます。
関連記事:弱者の戦略と強者の戦略「ランチェスター戦略」とは?活用方法をご紹介
たとえば、勤怠管理システム市場でリーダー企業が「大企業向けの網羅的な機能」という広いCEPを抑えている場合、後発企業は「建設業界の複雑な給与体系に特化した勤怠管理」や「ITエンジニアの流動的な働き方に対応するプロジェクト別工数管理」といった、より具体的で専門性の高いCEPを狙うのです。
全方位へのアピールを潔く捨てる勇気が、記憶シェア獲得の第一歩となります。
| 戦略項目 | リーダー企業の戦略 | 後発・追従企業の戦略 |
|---|---|---|
| ターゲットCEP | 広く、網羅的(例:「業務効率化」「コスト削減」) | 狭く、鋭い(例:「法改正対応」「特定業界の課題解決」) |
| マーケティング予算 | 潤沢な予算でマス広告や大規模イベントを展開 | 限られた予算を特定CEP関連のメディアやコンテンツに集中投下 |
| メッセージ | 安心感や信頼性を与える網羅的なメッセージ | 専門性や独自性を際立たせる一点突破型のメッセージ |
メッセージの純化
狙うべきCEPを特定したら、次はそのCEPにいる潜在顧客の心に深く突き刺さるメッセージを開発します。ここでのポイントは「純化」です。自社の持つ多くの機能やメリットを並べ立てるのではなく、「このCEPにおいて、顧客が最も価値を感じるであろう一点」に絞り込み、誰にでも伝わるシンプルな言葉に磨き上げます。
たとえば、「テレワーク中のコミュニケーション課題」というCEPを狙うのであれば、「多機能なビジネスチャット」ではなく、「たったワンクリックで、隣の席にいるかのような雑談が生まれるツール」といったように、具体的な利用シーンとベネフィットを凝縮したメッセージが有効です。
純化されたメッセージが、顧客の記憶の中で自社ブランドと特定の課題解決策を強く結びつけ、「〇〇といえば、△△社」という第一想起の回路を形成します。
コンテンツによる刷り込み
純化されたメッセージは、一度伝えただけでは記憶に定着しません。特定したCEPに関連するさまざまなコンテンツを通じて、繰り返し、継続的にターゲット顧客に届ける「刷り込み」のプロセスが不可欠です。
重要なのは、単なる広告的な露出量を追うだけでなく、「顧客が自ら情報を探す文脈の中でいかに質の高い体験(CX)を提供できるか」という視点です。
CX(体験)がCEP(想起)を作る
たとえば、ターゲットが「リード不足」という課題(CEP)に直面した瞬間を考えてみましょう。その時、過去に貴社のホワイトペーパーやウェビナーを通じて「自社が抱える課題の核心を突いてくれた」「実務に即した具体的な解決策が得られた」という良質な体験(CX)をしていれば、その瞬間に貴社が「相談すべき第一候補」として強烈に想起されます。「質の高い体験の記憶」こそが、最も強固な想起のスイッチになるのです。
CEP(想起)がCX(体験)の入り口になる
逆に、顧客の頭の中に「〇〇ならあの会社」というCEPが確立されていると、その後の購買プロセスにおける体験も劇的にスムーズになります。最初から信頼感を持って接触するため、比較検討のノイズが減り、ストレスのない購買・導入体験(CX)へと誘導できるのです。
このように、コンテンツを通じた「刷り込み」とは、単に名前を覚えさせる作業ではなく、「課題解決のパートナー」としての良好な関係性を、接点ごとに積み上げていくプロセスに他なりません。
こうした一連のコンテンツ接触を通じて、顧客は「予算編成の時期になると、あの会社の情報が目につくな(When)」「リード不足に悩んだら、あそこのノウハウが一番頼りになる(Why)」と無意識のうちに感じるようになり、いざ検討フェーズに入った際に、自然とあなたの会社を思い出すことになるのです。
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実行フェーズ:マーケから営業への「想起」のバトンパス
CEP戦略によって構築した顧客の「想起(メンタル・アベイラビリティ)」を、いかにして具体的な「売上」へと結びつけるか。ここでは、マーケティングと営業がそれぞれの専門性を発揮し、役割分担を明確にすることが成功の秘訣です。そこで実行フェーズを整理して確認していきましょう。
役割の明確化:想起を「案件」に変え、営業が「提案」を仕上げる
マーケティング部門のミッションは、顧客が課題を感じた瞬間(CEP)を捉えて「話を聞いてみたい」という状態(リード)を作り出し、営業が「刺さる提案」を組み立てるための「背景情報とロジック」を過不足なく受け渡すことにあります。
マーケティングが特定した「なぜ、今、自社を思い出したのか」というコンテクスト(背景)を共有することで、営業担当者は現場の一次情報と組み合わせ、顧客の関心事に直結した提案をより高い精度で作成できるようになります。
CEPを共通言語にした連携の仕組み
特定された「顧客が課題を感じる瞬間」に基づき、両部門は以下のように役割を分担します。
| CEPの要素(W's) | マーケティングのアクション | 営業のアクション |
| When(いつ) | 法改正や予算時期に合わせたタイムリーな情報発信 | 導入スケジュールを逆算した具体的提案書の作成 |
| Why(なぜ) | 既存手法の限界(ペイン)を突くコンテンツ提供 | 顧客固有の課題に合わせた投資対効果(ROI)シミュレーションの提示 |
| Where(どこで) | 顧客が情報を探す媒体への露出 | 接点に合わせた最適なデモンストレーションの実施 |
| With Whom(誰と) | 決裁者層や現場担当者など、役割別の認知獲得 | 各ステークホルダーの懸念を払拭する個別資料の準備 |
BDR(新規開拓)におけるCEPの重要性
アウトバウンド型のインサイドセールス手法「BDR(Business Development Representative)」が行う新規開拓においても、CEPの理解は極めて重要です。ターゲットリストに対して画一的なアプローチを行うのではなく、CEPを起点に仮説を立てることで、アプローチの質と成功率が飛躍的に向上します。
たとえば、「法改正」というCEP(When)を捉えた場合、BDRは「来たる法改正に向けて、多くの企業様が情報収集を開始されています。御社ではすでにご準備は進んでいらっしゃいますか?」といった、顧客の文脈に寄り添った質の高いアプローチが可能になります。これは単なる製品の売り込みではなく、顧客の課題解決に貢献するパートナーとしての第一歩となり、その後の商談化をスムーズにします。
関連記事:質の高いリードは待っていても降ってこない。ABM×BDR=「攻めの新規開拓」で優良顧客を狙い撃つ方法
第一想起がコンペを不要にする
CEP戦略の究極的な目標は、顧客が特定の課題に直面した瞬間に、自社を真っ先に思い浮かべてもらう「第一想起」を獲得することです。
マーケティングDX企業である株式会社WACULが行った、BtoBの購買行動に関する調査によると、第一想起された商品は55.3%という高い確率で導入に至ることが明らかになっています(株式会社WACUL「55%が第一想起した商品を導入。BtoBにおける純粋想起の実態調査」)。
つまり第一想起を確立できれば、顧客は他社と比較検討することなく、指名で問い合わせをしてくるわけです。営業側から見れば、熾烈な価格競争や不毛なコンペを回避し、自社の価値を正当に評価してもらえる理想的な商談環境が、マーケティングの戦略によって整えられることを意味します。
第一想起の獲得は、単に広告の露出量を増やすだけでは達成できません。顧客が課題を感じるであろう「CEP」の瞬間に、常に価値ある情報を提供し続けることで、「この課題といえば、あの会社だ」という強固な結びつきを脳内に構築することが不可欠です。これにより、商談化率や受注率の向上はもちろん、LTV(顧客生涯価値)の高い、安定した顧客基盤の構築へとつながるのです。
【ケーススタディ】CEP戦略で脳内シェアを奪った成功事例
この章では、CEP(カテゴリーエントリーポイント)戦略を巧みに活用し、それぞれの市場で圧倒的な「第一想起」を獲得した企業の事例を掘り下げていきます。後発でありながら、いかにして顧客の記憶に深く刻み込まれ、選ばれる存在となったのか。その戦略の本質に迫ります。
Salesforce:CRMから「顧客中心」のプラットフォームへ
今でこそCRM(顧客関係管理)の巨人として知られるSalesforceですが、先発にはSAP、Oracleなどがおり、その道のりはSFA(営業支援システム)という特定領域から始まりました。彼らが狙ったCEPは、「営業活動を効率化したい」「案件の進捗を可視化したい」という極めて具体的な現場の課題でした。
クラウドで提供される手軽さと、営業担当者(With Whom)が抱える日々の悩み(Why)に寄り添ったメッセージングで初期の顧客ベースを確立。その後、「顧客」というキーワードを軸にマーケティング、カスタマーサービスへと提供価値を拡張し、「ビジネスの成長には顧客管理が不可欠」というより大きなCEPを創造。
結果として、単なるツールベンダーではなく、「顧客中心の経営を実現するためのプラットフォーム」という、競合が容易には模倣できない強固な脳内シェアを築き上げることに成功しました。
参考記事:世界最大のクラウド型CRMを提供するセールスフォースのコスト構造は上場前後でどのように変わってきたか? | ストレイナー
HubSpot:「インバウンドマーケティング」という概念の発明
HubSpotは、「インバウンドマーケティング」という思想そのものを発明し、市場に定着させたことでCEP戦略を成功させた代表例です。 従来の広告(アウトバウンド)に疲弊していたマーケター(With Whom)に対し、「顧客にとって価値あるコンテンツを提供し、見つけてもらう」という新しいアプローチを提唱しました。
「ブログで集客したいが、方法がわからない(Why)」「SEOを強化して広告依存から脱却したい(Why)」といった具体的なCEPに対し、解決策となるブログ記事やebook、無料ツールを大量に提供。 これにより、「インバウンドマーケティングを学ぶならHubSpot」という想起を確立し、自社が創造したカテゴリーの揺るぎないリーダーとしての地位を築いたのです。
Zoom:「とにかく簡単につながる」という体験価値
コロナ禍という未曾有の事態(When)を追い風に、「Web会議」の代名詞となったZoom。 しかし、その成功は単なる幸運ではありませんでした。
ZoomはSkypeやWebexといった先行サービスが多数存在する中、「とにかく簡単につながる」という圧倒的な体験価値で特定のCEPを攻略しました。 「アカウント作成やログインが面倒(Why)」「ITに不慣れな相手との接続に手間取りたくない(Why)」といった、Web会議ツール利用時の根深いストレスに着目。URLをクリックするだけで誰でも参加できる手軽さが、爆発的な普及の起点となりました。 高い接続品質も相まって、「急な打ち合わせで、すぐに使いたい時(When)」の第一想起を完全に獲得し、市場の脳内シェアを塗り替えました。
参考記事:後発でも成熟市場で成長--ウェブ会議「Zoom」アーキテクチャの独自性 - ZDNET Japan
Slack:「メールからの解放」とチーム内連携
Slackは「ビジネスチャット」というカテゴリーを確立し、「メールでの非効率なやり取りからチームを解放する」という強力なCEPを打ち出しました。 「大量のCCメールに埋もれて重要な情報を見逃す(Why)」「プロジェクトごとのやり取りを整理したい(When)」といった課題を持つ開発部門やマーケティングチーム(With Whom)から熱狂的に支持され、ボトムアップで導入が拡大しました。
多数の外部ツールと連携できる拡張性の高さも特徴で、単なるチャットツールに留まらず、「仕事のハブ」としてのポジションを確立。 「チームで仕事を進めるならSlack」という想起を定着させ、働き方を大きく変える存在となりました。
参考記事:世界に爆速で広まるビジネスチャット「Slack」の正体 |TECHBLITZ
Canva:「デザインの民主化」
専門知識が必要だったデザインの世界に、Canvaは「デザインの民主化」という革命をもたらしました。 Adobeなどのプロ向けツールが支配的だった市場に対し、Canvaが狙ったのは「デザイナーではないが、美しいビジュアルを簡単に作りたい」と願う膨大なノンデザイナー層です。
「SNS用の投稿画像を作りたい(When)」「プレゼン資料を見栄え良くしたい(Why)」といった身近なCEPに対し、豊富なテンプレートと直感的な操作性を提供。 これにより、「ちょっとしたデザインならCanva」という手軽な第一想起を獲得し、プロとアマチュアの間に存在した巨大な市場を切り開くことに成功したのです。
関連記事:すべてのクリエイターを支援するCanvaのAI戦略、デザインの民主化を目指す | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
| 企業名 | 確立したCEP(カテゴリーエントリーポイント) | 脳内シェア獲得のポイント |
|---|---|---|
| Salesforce | 営業活動の可視化・効率化 → 顧客中心の経営実現 | 特定部門の課題解決から始め、より大きな経営課題へと提供価値を拡張 |
| HubSpot | 価値あるコンテンツで見込み客を集める(インバウンドマーケティング) | 新たな思想・概念を提唱し、その第一人者として教育コンテンツを大量に提供 |
| Zoom | 急な打ち合わせで、誰とでも簡単・安定して接続したい時 | 既存ツールの「面倒・不安定」という不満を解消する圧倒的な体験価値を提供 |
| Slack | メールに代わる、チームでの効率的なプロジェクト進行 | 特定チームの課題解決に特化し、ボトムアップで導入を拡大。外部連携でハブ化 |
| Canva | デザイナーでなくても、簡単におしゃれな資料や画像を作りたい時 | プロ向けツールが満たせなかったノンデザイナーのニーズを捉え、市場を創造 |
後発企業が最短で「記憶シェア」を奪うための近道
後発企業にとっての最大の課題は、「想起のスイッチをどこに設置すれば、最も効率よくターゲットに届くか?」という点です。
自社サイトのSEOやSNSだけで想起を奪うには、膨大な時間とコストがかかります。そこで有効なのが、ターゲットがすでに「課題解決の情報を探している場所」へスイッチを置くことです。
HR領域における最強のスイッチ設置場所→HRプロ
人事・経営層をターゲットとするなら、日本最大級の人事ポータル「HRプロ」は、まさにCEP(カテゴリーエントリーポイント)の集積地です。
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「情報の専門家」としての信頼: 専門記事やHR総研の調査データが並ぶ場に出稿することで、顧客の脳内に「信頼できる相談相手」としてのスイッチが設置されます。
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顕在化したCEPへの接触: HRプロを訪れるユーザーは、まさに「課題解決のヒント」を探している状態。その瞬間に自社の情報を提示できるため、想起の結びつきが圧倒的に強くなります。
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ブランド認知の格差を埋める「権威性」: リーダー企業との間にあるブランド名検索数や知名度の大きな開きを埋めるのは、広告の量ではなく、その場にふさわしい専門的なコンテンツです。業界リーダーと肩を並べて発信することで、知名度の差を「専門性への信頼」で一気に逆転することが可能です。
「いつか思い出してもらう」のを待つのではなく、人事が課題を感じた瞬間に必ず訪れる場所に、あなたの会社の「スイッチ」を置きませんか?
【人事担当者の年間動向を把握する】
▶ 人事の年間スケジュールがわかる!人事カレンダー2026年版
採用、評価、労務など、人事が一年の中で「いつ、何に、どう悩むのか」を可視化。CEP(想起のきっかけ)をより具体的に特定するためのマーケティング・営業戦略の策定にお役立てください。
まとめ:マーケターの役割は「想起のフック」を増やすこと
本記事では、後発企業が市場シェアではなく“記憶シェア”を勝ち取るためのCEP戦略を解説しました。結論として、マーケターの役割とは、顧客の特定の課題や状況、すなわちCEPという「想起のフック」を特定し、自社ブランドとの結びつきを強固にすることにあります。なぜなら、顧客が何かを必要とした瞬間に真っ先に思い出される存在になることこそが、競争を勝ち抜き、選ばれ続けるための最も確実な道筋だからです。マーケティング活動のすべては、この想起の瞬間を創り出すためにあると言えるでしょう。


